≪1000HIT御礼キリリク≫菜の花様に捧げます
彼女の彼(1)

 ザールブルグ唯一の武器屋の前に馬車が停められた。豪奢な造りではないが王家の紋章が施された馬車から、青い鎧の聖騎士と4人の兵士が降りてくる。
 聖騎士の名はダグラス・マクレイン。シグザール王室騎士隊最年少ながら、実力は隊長を凌ぐとさえ噂されている有望株。
 秋の風をはらんだ白いマントを煩げに払い、兵士たちに軽く指図をすると、武器屋の中へと入っていく。
「よぉ、親父。鎧と兜の手入れ頼むぜ」
 よく通るその声に、カウンターの中の親父が白い歯を見せて答える。
「おう、まかせときな!討伐隊の出発までには、ピッカピカに磨いといてやらぁ。で、何組だ?」
「5組あるんだが・・・」
「それなら10日あれば十分ってもんよ。王室騎士隊からのご用命とあらば、他の仕事なんかほっぽらかしても、文句は言われねぇしよ。とりあえず、下に置いといてくれ」
 そんな会話をしているうちに、青い鎧と兜が作業場である地下へ運ばれていく。
 ダグラスは兵士の後から地下に降り、それぞれの状態を確認する。だいぶくたびれているが、親父の手にかかれば10日でピッカピカになってくれるだろう。この武器屋は、見た目はともかく腕は確かだ。
「こんにちは〜」
 聞き覚えのある能天気な声。
 自分に言われたわけではないのに、ダグラスは天井を仰ぎ見た。
「エリーのやつだ。武器屋になんか何の用事だ?」
 そうつぶやいたダグラスの声に、兵士たちは無言で顔を見合わせた。そして、ダグラスに気づかれないようにニヤリと笑う。
 ダグラスに錬金術師のエリーという恋人がいるということは──本人は恋人ではないと必死に否定しているが──騎士隊の中では結構有名な話なのだ。
「おぅ、エリーじゃねぇか。ん?そっちの坊主は見かけねぇ顔だなぁ」
 坊主?地下にいた5人の首が一斉に傾げられる。
「へへ・・・この間、言ったでしょ。私の彼氏!」
 無邪気な少女の声に、空気が凍りついた。
「アカデミーのクラスメイトで、ノルディスっていうの」
「は・・・はじめまして。ノルディス・フーバーです」
 紹介された少年の声は、緊張のせいか上ずり震えている。
「・・・・・・ノル公だと?」
 地下で聞いていたダグラスの声も震えていた。兵士たちは再び顔を見合わせ、身を寄せた。
「なんか、マズイことになりそうだよな」
「ダグラスさん、怒りモード入ってるよな」
「そのとばっちりって、やっぱり・・・」
「・・・俺たちに、来るよな」
 そんなヒソヒソ話はまったく耳に入っていない様子で、呆然と天井を見上げるダグラス。その表情は、怒りというよりも・・・。
(嘘、だろ・・・?)
 すぐにでも駆け上がってエリーに確かめたいのに、足が地面から離れてくれない。
 楽しげな2人とがっかりした様子の親父の声を聞きながら、ダグラスはただ立ちすくんでいた。
(エリーが、ノル公と・・・)
 真っ白になった頭が次第に覚醒し、ようやくダグラスが体の自由を取り戻した時には、2人の訪問者は店を後にしていた。
 おぼつかない足取りで階段を上ると、振り向きざまに兵士たちを睨む。
「用事を思い出した。あとはお前らで頼む」
 びくっと身をすくませた兵士たちは、直立不動のまま「はいっ!」と反射的に答える。
 それを確認すると、ダグラスは外へ飛び出していってしまった。
「・・・・・・はぁ〜」
 兵士たちの口から安堵の息が漏れた。
「あれだけで済んでよかったなぁ」
「いや、これで済んだことになるのか?」
「事と次第によっちゃ・・・」
「・・・しばらくこき使われるの覚悟だな」
「エリーのやつ、青春してるんだなぁ・・・チクショー!」
 その声にカウンターを見ると、武器屋の親父はタオルを噛み締め滝のような涙を流していた。


 通りに出たダグラスは、とりあえずあたりを見回した。
 いくら自分がしばらく呆然としたとはいえ、エリーとノルディスはまだ近くにいるはずだ。まだ間に合う。直接エリーに聞いてみなければ、どうにも信じられない。
 噴水広場の方を振り返って、ダグラスはその2人をいとも容易く見つけ出した。
 お互いに真っ赤な顔をしたエリーとノルディス。
 ズキン、と胸が痛む。
「・・・・・・っ」
 思わず鎧の上から左胸を押さえ、気づかれないようにそっと近づく。
「わざわざ武器屋まで来てもらっちゃってごめんね」
 声が聞こえるくらいまで近づくと、ダグラスは2人に気づかれないよう気配を消して家屋の陰に身を隠した。
(なんで俺、隠れてんだ?)
 自分に問いかけながらも、射るような視線を2人から外しはしない。
「いいんだよ。それよりエリー、おなかすかない?」
「うん、なんかホッとしたらおなか減っちゃった」
「そこの店のケーキがおいしいんだって。一緒に食べていこうよ」
「行く行く!」
 そう言って歩き出す2人はどう見ても初々しい恋人同士・・・。
 エリーの太陽のような笑顔が、ダグラスの胸に突き刺さる。
 昨日までは、一番近くにいると思っていた愛しい少女。それが今、自分以外の男に微笑みを投げかけている。
 手を伸ばせばすぐにでも捕らえられそうな場所にいたのに、今はこんなにも遠い。
 手を伸ばさなかったのは何故?
(あいつには・・・まだそういう付き合いは無理だと思ったんだ)
 それは単なる言い訳かもしれない。一番近くにいるという自信が一瞬にして崩れ去ってしまうのが怖くて、さっきのように立ちすくんでいた自分。
 そして少女は、他の男を選んだ。
───私の彼氏!アカデミーのクラスメイトで、ノルディスっていうの。
 噴水広場に面したオープンテラスに向かい合わせに座り、楽しげにおしゃべりしている──こんな場面を見たかったわけじゃないのに!
 いくら後悔しても遅い。目の前の光景はそれを痛いほど突きつけてくる。
(いまさら何が言えるんだよ・・・)
 ダグラスは唇を噛み締めたまま、城へ向かって歩き出した。

─next─


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