≪20000HIT御礼キリリク≫monnsay様に捧げます
Misunderstanding

 西の空が次第に赤く染まりだす。シグザール王都であるザールブルグの街並みにも夕刻の心地よい風が吹き始めた。
 南の外門から北の城門まで真直ぐに伸びる中央通りの西に並行する職人通り。その名のとおり工場が立ち並び職人が多く住むサブストリートだが、その道を北へひた走る少女がいた。
 栗色の髪は肩より上で切り揃えられ、頭に丸い帽子をちょこんと乗せている。オレンジ色の法衣をはためかせ、細く白い腕に不釣合いな皮袋を抱え、それはもう必死の様相だ。
 彼女がこの話の主人公、エリー。だいぶ幼い印象を与えるが18歳で、錬金術を学んでいる──諸事情により学びつつそれで生計も立てている。見た目よりずっとたくましい少女だ。
「早くしないと、怒られちゃう」
 小さくつぶやく少女の向かう先は、城門の警備にあたっているはずの聖騎士ダグラスの元。彼に小型爆弾(フラム)の作成を依頼されており──もちろん錬金術で作るわけだが、その依頼期日が今日だったのだ。
 ダグラスを怒らせると後が怖い。だが、良質なものを持参した時に見せる笑顔と“頭なでなで”はエリーにとって最高のご褒美なわけで、なるべく高品質のものを作るべく試行錯誤していて・・・期日ギリギリなのだ。
 夕刻の鐘が鳴れば、城門は閉じられる。それまでに渡さなくては・・・。
 と本人は思っているが、たとえ城門が閉じられてもダグラスに会えなくなるわけではない。彼の住む寮だって知っているし、依頼期日なのだから彼が直接工房に来るとも考えられる。
 こんなに急ぐ理由は至極単純。早くダグラスに会いたいから。
 だいぶ息も上がってきた頃、ようやく城門に辿り着いた。まだ鐘は鳴っていない。
「間に、合った・・・よね?」
 息を整えながらあたりを見回すが、目当ての聖騎士の姿はない。
 だが、言ってしまえば、ダグラスがこの定位置にいないことは、そう珍しくもない。
 ウエストポーチから通行許可証を取り出し、エリーはスタスタと無人の城門をくぐった。その姿を見た兵士が、にこやかにエリーに近寄って来る。何度か顔を合わせたことがある人だった。
「ダグラス? 彼なら厩舎にいると思うよ」
 こちらが尋ねるより先に言われ、エリーはほんのすこし頬を染めてペコリと頭を下げた。兵士の指差す方向へ、言われるがままに歩き出す。
 何故、彼女がダグラスを探しているとわかったのかは、あえて書くまでもないだろう。エリー自身には見当ついていない様子だが。
(そういえば、ダグラスは“聖騎士”なんだよね。騎士っていうくらいだから、馬にも乗ったりしてるんだなぁ)
 今まで思いつきもしなかった当然のことに1人頷きながら、厩舎があるという裏庭へとずんずん進んでいく。十分立ち入り禁止区域だが、誰も彼女を止めないのは、その王族直々発行の通行許可証の威力に他ならない。
「あ・・・」
 木立の向こうにようやく見えた厩舎にマントの白と鎧の青を見つけ、足を速めた。
 が、あと数メートルのところで、その足が止まった。次の瞬間、隠れるように近くの大木に身を潜め、そうっと顔だけ厩舎に向ける。
 そう、エリーは隠れたのだ。ダグラスと、黒い馬を挟んで微笑み合う見知らぬ女性から。
 男装の麗人──そんな雰囲気をまとった、自分よりも年上の美女。化粧っ気のない顔をほころばせ、ダグラスに話しかけている。
(誰だろう)
 城に仕える女性にしては、少し華やかさが足りない。長い栗色の髪を無造作に後ろで1つに束ね、着ているのはドレスではなく薄汚れた作業着。足にはゴム製のブーツ。いわゆる侍従でないことは確かだ。
 一方のダグラスも、憮然としつつもまんざらではない様子だ。
 ずきん。
 その青い瞳があまりにも優しくて、エリーの胸が鈍く疼いた。
「今度の休みにでも、遠乗りとか連れて行ってよ?」
 風に運ばれてきた女性の言葉に、ダグラスは屈託のない笑みで頷く。
 胸の痛みが鋭くなり、エリーは両手で胸を押さえた。そして、抱えていた皮袋がスローモーションで落ちていく。
「あっ」
 慌てて手を伸ばしたときには、どさっと音を立てて草の上に着地していた。
「エリー?!」
 音に気づいたのかダグラスがこちらを見た。次いで、美しいその女性も。
「あ・・・落としちゃった。いけない」
 2人を覗いていたバツの悪さを隠すように、エリーしゃがみこんで皮袋を拾った。口から出る言葉は、自分でもわかるほど棒読みだ。
「何、落としたんだ? 爆弾じゃねぇだろうな。気をつけろよ」
 視界にブーツが入り込み、顔を上げると憮然とした表情のダグラスと目が合った。
 そう、いつもと同じ顔。先ほどまで見せていた優しさは、もう消えている。
「──大丈夫だよ」
 胸の痛みを堪えようとして、今度は刺々しい言葉になってしまった。
 ダグラスは眉をひそめ、両手を腰に当てた。
「んで、何でこんな所にいるんだ? 俺に急用か?」
「急用ってほどじゃないかもしれないけど・・・」
「許可証持ってるからって、勝手に城の中見て回るんじゃねぇぞ。誰にも止められないからって、面白半分に入ってこれるような場所じゃねぇんだからな」
「──偉そうなコト言わないでよっ」
 胸の皮袋をぎゅっと握り締め、エリーはダグラスを睨みつけた。急に態度の変わったエリーに、ダグラスは目を丸くしている。
「なんだよ、今日はヤケにつっかかるな」
「私は、ちゃんと用事があってここに来たの。面白半分だなんて決めつけないでよ。自分の方こそ、勤務中に女の人とデレデレ話しこんじゃって。職権乱用じゃない?!」
「あン?」
 ダグラスの表情が次第に険しくなっていく。図星なんだ──エリーは確信した。
「誰にも見られないようにって、わざわざこんな場所でデートしてたんでしょうけど。おあいにくさまっ。邪魔されたからって、八つ当たりしないでよね」
「わけわかんねェこと言ってると、つまみ出すぞ」
「言われなくたって出て行くわよ! 人の恋路の邪魔をして、そこにいる馬たちに蹴られちゃ大変ですからねっ」
「いい加減にしろ!」
 ダグラスが怒っている。だがエリーも怒っているのだ、そう簡単に止められない。
「こんなことなら、持ってくるんじゃなかった・・・・・・依頼なんて受けなければよかったよ。もう2度と工房に来ないでよね!」
「なっ?!」
「はい、依頼品です。確かに渡しましたからね。サヨナラ!」
 ダグラスに皮袋を強引に押し付け、エリーは踵を返した。
 ポカンと口を開けたままのダグラスを視界の隅に意識しつつ、そのまま一目散に駆け出した。
(何よ、何よ、何よ、何よ、何よ────っ!)
 言葉にならない感情に押しつぶされそうになる。眩暈がして、今どこを走っているのかもよくわからない。それでもエリーは走り続けた。
 気づくと目の前に工房のドアがあった。力任せにドアを開け、滑り込むように入ると後ろ手にバタンと閉めた。
 エリーを動かしていた感情が、その勢いがドアに吸い込まれたかのように、エリーはその場に立ち尽くした。
 結構な距離を全力疾走してしまった気がする。息を吸っても苦しい。
 胸が、苦しい。
 つと自分の胸に手を置き、エリーはそのままうずくまった。
「・・・・・・くっ・・・」
 食いしばる歯の間から嗚咽が漏れる。いつからか泣いていたのだ。どうりで周りの景色がよく見えなかったはずだ。
「なんで・・・こんな・・・」
 ぎゅう、と自分で自分を抱きしめる。指が肩に食い込むほど、強く。それでも、喉の奥に何かが詰まったような苦しさは消えない。消えるどころか・・・。
 ダグラスの笑顔が見たかったから、厩舎まで走った。
 それなのに、ダグラスは他の女性──しかも美人──に笑顔を向けていた。
 いつも無愛想で、笑顔なんて滅多に見せない人なのに。
 ひどい、と思った。
 自分がもらえるはずの笑顔が、あの女性に奪われた。
 盗らないで。
 私の笑顔を盗らないで。
 ワタシノダグラスヲトラナイデ──。
「私、の?」
 はたとエリーは顔を上げた。ダグラスが誰のものだって?
 違う。ダグラスは誰のものでもない。ましてやエリーだけのものなんかじゃない。
 エリーが独占し、束縛できる相手じゃない。そんな権利なんてない。
 これは、この思いは、一方的なエゴだ。
「私・・・どうしてあんな・・・あんなこと、言っちゃったんだろう」
 ただ依頼品を渡そうと思っただけなのに。
 あの女性を見た瞬間、エリーの中に不思議な感情が生まれた。それが、ダグラスに対して攻撃的な態度を取らせた。あまりにも理不尽でひどい言葉を言ってしまった。
 もう2度と来ないで、と。
 いつも助けてくれる、大切な人なのに。
「・・・・・・謝らなくちゃ」
 謝れば許してくれるだろうか? たとえ許してもらえなくても、この苦しみは消えるだろうか。
 ゆっくりと立ち上がり、フラフラと歩き出す。キッチンまで辿り着くと、涙と汗でぐちゃぐちゃの顔を洗った。冷たい水が心地よい。
「謝りに、行かなくちゃ」
 今ならわかる。あの感情が“嫉妬”なんだ。そんな立場じゃないくせに。
 ゴシゴシとタオルで顔を拭い、エリーは力強く頷いた。今、自分がやるべきことは、それしかない。
 ドンドンドン!
 乱暴に叩かれるドアに、エリーは身をすくめた。そんなはずはない。まさか、ここに来てくれるはずがないのに。
 戸惑うエリーをよそに、さらに激しいノックの音が夕闇に支配された部屋に響く。
 大きく息を吸ってから、エリーはいつものように応えた。
「はあい、開いてます」
 声は思ったよりも掠れていたが、ドアは開かれた。
 姿を見なくてもわかる。声を聞かなくてもわかる。あのノックの音に、この鎧の擦れる音──入ってきたのは間違いなくダグラスだ。
「なんだ、部屋真っ暗じゃねぇか。そろそろ明かり点けろよな」
 何故?あんなひどい事を言ったのに。
 エリーはその場に立ち尽くしていた。夕日を背負う形で、ダグラスから見れば逆光だ。きっとひどい顔をしているだろうけど、見えないはず。
「・・・・・・いらっしゃい」
 悩んだ挙句、エリーはまずそう言った。あぁ、とダグラスが短く応える。
「ええと・・・わざわざ来てくれて、その・・・ありがとう」
「ったく、逃げ足の速い女だな。おかげでこっちまで走るハメになったんだぞ」
 そう言っていつもの顔のまま右手を差し出す。
「代金、受け取る前に逃げるなよな」
「あ」
 感情に任せてフラムを渡したものだから、代金なんてすっかり失念していた。
「だから、来てくれたの?」
「それもあるけどな」
 エリーが銀貨を受け取ると、ダグラスは空いた右手で手近な椅子を引き寄せた。そのままどっかと座り込む。
 まるでこの部屋の主のような振る舞いにエリーは目を細めた。ダグラスらしい。
「あのさ」
 座ったまま、ダグラスはじっとエリーを見ていた。
「さっきは、悪かった」
 驚いたのはエリーである。自分が言うべきセリフを、相手が言っているのだから。
「せっかく依頼の品を持ってきてくれたっていうのに、用がないなら出て行けっていうのは・・・その・・・」
「違うよ! ダグラスは悪くない!」
 悪いのはどう考えたってエリーの方だ。時計の振り子のように何度も首を振る。
「早く依頼品を渡さなきゃって思って、いくら許可証持ってるからって勝手にお城に入っちゃった私が悪いの。勝手に厩舎まで押しかけて、勝手にあの女の人にヤキモチ妬いて、勝手に怒鳴り散らして、勝手に品物押し付けて、勝手に工房まで逃げ帰ってきて・・・勝手ばかりで、本当にごめんなさいっ」
 エリーは深々と頭を下げた。また涙が零れそうになり、口と目をきつく瞑る。
「お前・・・今、なんて言った?」
 呆けたようなダグラスの声に、エリーはゆっくりと顔を上げた。
 ダグラスは立ち上がり、口元を手で隠し、信じられないという顔でエリーを見ている。
「え? あ、勝手ばかりで、ごめんなさいって」
「いや、その前。──やべ、嬉しいかも」
「え? 何?」
 多少こもっていたが、ちゃんと言葉は聞こえた。エリーの謝罪で、そんなに彼を喜ばせるようなフレーズがあっただろうか?
 すっかり“?”モードのエリーの頭を、にやけ顔のダグラスが撫でている。
(あれれ?)
「ダグラス、怒ってないの?」
 恐る恐る訪ねてみれば、ダグラスはニヤッと笑ってみせる。
「お前が勝手に暴走してるから、こっちもつられて熱くなっちまったけど・・・いいんだ、ちゃんと理由がわかったから」
「はぁ」
「俺も、あんな話してる最中にお前の姿が見えたもんだから、焦っちまった」
「あんな話? あ、あの人・・・」
 ダグラスの言葉に、あの女性の笑顔が浮かんでくる。
「ごめんなさい。もう、邪魔しないから・・・」
 ぴた。
 ダグラスの手が止まった。打ちひしがれたエリーの上から、呆れたようなため息が降ってくる。
「やっぱ勘違いってヤツか。あの人の言うとおりだな」
 エリーが首を傾げていると、頭をぽりぽりと掻きながらダグラスが続けた。
「厩舎で俺と一緒にいたのは、騎士団の馬を管理してくれている厩務員の1人だ。お前と同じくらいの年の子供がいる」
「え・・・えぇっ?! ウソ! そんなふうに見えなかったよ!」
 ダグラスとそんなに変わらないだろう、と思っていたのに、そんなに年上だったとは・・・!
「で、最近俺が全然厩舎に来ないからって、あの人から呼び出しがかかったんだよ。自分の馬の様子も見に来られないほど忙しい理由はなんだ、って」
「そんなふうには見えなかったけど・・・」
 どちらかというと、和やかに談笑というふうに見えた。実際、あの女性は笑っていたではないか。
 こほん、とダグラスわざとらしく咳払いをして、右手を上げた。
「錬金術師護衛で忙しく、普段馬を使わないのであまり来る機会がありませんでした」
「・・・へぇ〜、ダグラスってそんなにたくさんの人から護衛を引き受けてたんだ」
 感心したようなエリーのつぶやきに、ダグラスはガクッと肩を落とした。
「ンなわけねーだろ。俺が護衛するのはお前だけだ」
「──え? それじゃ、私のせいなの?」
「俺が好きでやってるんだから、気にするな。しかもあの人は、それを知っていてわざわざ俺に言わせて、からかって楽しんでるんだ。目上だし、馬の世話もしてもらっている手前、反抗できないってわかって、さ・・・」
 なおもダグラスの愚痴は続くが、エリーは両手を頬に当てたまま呆然と宙を見ていた。
(好きでやってる、って。私の護衛を)
 口の中で何度も反芻し、緩みそうになる頬を押さえるので精一杯だ。
 しかも、あの優しい笑顔で話していたことが、自分のことだったなんて!
 嬉しさに身を捩じらせていると、ふと疑問が残った。
「じゃあ、遠乗りに行くって約束は・・・」
「たまには馬の相手もしろ、ってことだよ」
 あぁ、とエリーは安堵の溜め息を漏らした。どうやら自分は、ものすごく恥ずかしい勘違いをしていたらしい、と今更ながらに穴に隠れたくなる。
 でも、良かった。
「勘違いで、良かった」
「よくねぇよ」
 エリーのつぶやきにダグラスがとうな垂れる。
「お前の妬きっぷりをあの人も見てるんだぜ? 今度はそれをネタにからかわれるな」
「あ、そっか。重ね重ねご迷惑をおかけします・・・」
 まーあれだ、ダグラスは勤めて明るく顔を上げる。
「今度休みが取れたら、久々に遠乗りに行くから」
 そこで言葉を区切り、エリーの瞳を覗き込むようにして言った。
「今回、騒ぎを起こしたバツとして、お前もつきあえよ?」
 気圧されて頷きながら、エリーは小さく笑った。
(そんなこと、バツになんかならないのに、ね)



20000HITキリリク作品です。リクエストは
ケンカするエリーとダグラス」ということでした。
執筆に時間がかかってしまって申し訳ない;;
ケンカって難しいですね・・・
っていうか、ちゃんとケンカになってる?(;・∀・)
霜月のケンカって、いつも一方的なので
互いにケンカしあうっていうのがうまくまとまらず
何度も挫折しました。遅くなってごめんなさい。
日々、精進。これに尽きます。
長い間お待たせしましたが、monnsayさん、ありがとうございました〜!

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