「貴女、こんなところで何をしているの?」
ザールブルグ・アカデミーの自習室。アカデミーに通う生徒たちのための調合施設でもあるこの一室で、アイゼルは机に突っ伏しているエリーに声をかけた。
「・・・ふえっ?」
自分に向けた発せられた声だと気づいて、エリーはハッとして顔を上げる。その目が赤いのは気のせいではないだろう。
寝ぼけた様子のエリーに溜め息をつきながら、アイゼルは隣に腰を下ろした。
「自分の工房にだって機材は揃っているでしょう。わざわざアカデミーの機材を使う必要はないのではなくて」
「アイゼル・・・」
「まぁ、調合をしているようには見えないけれども」
そう言って手元に視線を落とせば、自習室用のスタンプの押された『初等錬金術講座』──既にエリーも持っているはずの1年次前期で使うテキストをわざわざこんな場所で見る必要はないだろう。しかもページが中途半端に開かれたままだ。
そう、これは自習室にいるための言い訳(カモフラージュ)。
「心ここにあらず、ね──いつまで万年門番のことを考えているの?」
「うっ?!」
「どうしてわかったのか、なんて馬鹿馬鹿しい質問はやめてよね。彼が討伐隊で留守にしていることくらい、聞きたくなくても耳に入ってくるわ」
からかうでもないアイゼルの言葉に、エリーは小さくうずくまってしまう。その頬は、テキストに書かれたフラムよりも赤い。
「自分でも、正直、ショックなんだよね」
うつむいたまま、エリーがつぶやいた。
「ダグラスが討伐隊の小隊長に選ばれて──それはとても名誉なことだし、私も嬉しかった。でも、いざこの街からいなくなっちゃうと・・・たった1ヶ月なのに、すごく淋しくて」
「あと半月じゃない?ちょっと高度な調合をしていれば、あっという間に過ぎてしまうわよ。それとも、貴女の能力じゃそんな調合は無理なのかしら?」
「・・・なんか、集中できないんだよね。ダグラスがいないだけで、こんなに調子が狂っちゃうなんて、思ったよりずっと依存していたのかな・・・」
あら、とアイゼルは口元に指をあて首を傾げた。
「珍しく殊勝な自己分析じゃない。でも、やっぱり貴女はわかっていないわ」
そこで言葉を区切り、人差し指をぴっとエリーに向けて続ける。
「人を好きになるってことは、その人に精神的に依存することでもあるのよ」
「え・・・」
「当然でしょう?その人がいるから頑張れる──そう思ったことくらいならあるでしょう」
こくん、とエリーは頷いた。だが、アイゼルの言わんとしている意味はよくわからない。
「その人の存在が力になる。それはプラスの依存だわ。そして今、貴女が感じている喪失感がマイナスの依存──プラスとマイナスは表裏一体ですもの、普段得ている力が大きければ大きいほど、その人がいない時の反動も大きくなるということよ」
「・・・そっか」
あえて考えるまでもない。ダグラスはエリーにたくさんの力をくれていた。それは護衛という形だったり、仕事の依頼だったり、他愛もない話だったり・・・それらに囲まれて、エリーはここまで頑張ってこられたのだ。
この淋しさは、決してネガティブな理由だけではない。そう思えば、少し楽になった。小さなトゲが抜けたように、心の靄が少し晴れた気がする。
「ありがとう、アイゼル。少しスッキリしたよ」
「別にお礼を言われるようなことは何もしていないのだけれど。この自習室を本来の目的で使いたい人もいるでしょうから、早々に退出することをお勧めするわ」
口元にほんの少し笑みを浮かべ、アイゼルはくるりと背を向けた。
いそいそと片付けながら、エリーはふとアイゼルを見た。
「そういえば、アイゼルも調合しに来たの?機材出すの、手伝おうか?」
「私は結構よ。たまたま通りかかったら、1人百面相して平伏している間抜けな人の姿が見えたものだから、興味本位で声をかけてみただけよ」
やはり。エリーはアイゼルの正面に回りこみ、その白い手をとった。
「ありがとう、アイゼル。わたし、アイゼルと友達になれて、本当に嬉しいよ」
「なっ・・・突然おかしなことを言わないでちょうだい。恥ずかしい人ね」
すごく遠まわしだからわかりづらいこともあるけれど、これがアイゼルの優しさだ。
エリーを支えてくれているのはダグラスだけではない。もちろん、頼もしきライバル・アイゼルもその1人なのだ。かけがえのない親友に出会えたことを、エリーは素直に感謝した。
満面の笑みで、そのままアイゼルに問いかける。
「ねぇ、よかったらこれから一緒に採取に行かない?今ならモンスターも出ないから、2人でいろいろおしゃべりしながら、ピクニックみたいに行こうよ」
ザールブルグを出発してから3日目の昼、少女たちの眼前にはヴィラント山がそびえ立っていた。
「・・・エルフィール。貴女の言うピクニックは、まさかこの岩山を登ることではないでしょうね?」
エリーの誘いを受け採取に着いてきたアイゼルは、赤茶色の山を見上げて尋ねた。
アイゼルの言葉をどう取ったのか、エリーはにっこりと微笑み心配ないと頷いてみせる。
「大丈夫!何度も登っているから、頂上までの道は覚えてるよ」
「頂上ですって?冗談でしょう!」
まさかと思っていたことを肯定され、アイゼルは両手を握り締めて叫んだ。
「ヴィラント山といえば、悪魔の棲む危険な山よ。それを、ピクニックだなんて言って頂上まで行くなんて、正気の沙汰とは思えないわ!」
「大丈夫だよ。討伐隊がいる間はアポステルも出てこないもん」
この時期に何度か来たことがあるエリーにとっては、恐れることなど何もない。むしろ、頂上でしか取れないアイテムを取るために、わざわざこの時期を選んで採取に来ているくらいだ。
「だってね、温泉があるんだよ!アイゼルも入りたいでしょう?」
「なんで私が火山の頂上で温泉になんて入らなくてはならないの?」
「お湯の色は乳白色で、ちょっとヘンな臭いもするけど、入った後はお肌ツルツルになるんだよ」
「・・・・・・そ、そう。きっと硫黄が含まれているのね」
「お肌ツルツル」にほんの少し反応して、しかし平静を装ったままアイゼルは腕組みをする。
「それにね、コメートの原石もここで取れるんだよ」
「コメート・・・って、あの宝石の原石?」
「うん。頂上付近で結構見つかるよ。運がいい時はグラセン鉱石なんかも見つかっちゃうんだ」
「・・・・・・」
滅多にお目にかかることはないだろう鉱物の名前をさらりと出され、さすがのアイゼルも絶句した。
エリーにとってグラセン鉱石は「武器屋に買い取ってもらう高価なもの」くらいの認識なのだが、世間一般で言えば金の価値にも匹敵するほどの高級品だ。南の方で採掘されるというのは聞いたことがあるが、まさかこの火山にもあろうとは。
アイゼルが黙ったのを好機とばかりに、エリーはずいと身を乗り出した。
「道すがらレアアイテム見つけて、温泉に入って疲れを癒してお肌ツルツル。この機会を逃したら、次はいつ来られるかわからないよ!」
何かの押し売りのようなその言い方に肩をすくめ、アイゼルは仕方なく頷いた。
「仕方がないわね。付き合う、と約束したのだから、着いていくわ」
「ふふ。絶対に後悔はさせないからねっ」
オレンジ色の法衣を翻し、エリーはさっさと山道を駆け上がっていく。よほど登るのが楽しみなのだろう。もちろん、アイゼルと一緒に、という形容詞つきだ。
どうもエリーといると調子が狂う──でもそれが嫌ではないことを、アイゼルは不思議な気持ちで受け止めていた。
山頂までは、彼女たちの足であと3日かかる。山道は当然舗装などされていないが、討伐隊のためかなんとなく道はできているので、それほど困難な登山ではない。
「そういえば、ヘルミーナ先生の専門分野って何なの?」
「医学だって聞いたわよ。ホムンクルスみたいな人工生命はその副産物だって言っていたけど」
「ホムンクルスって、妖精さんみたいなんだよね」
「貴女の工房にいる妖精しか見たことがないけれど、だいぶ違うと思うわ」
「・・・そういえば、ヘルミーナ先生にホムンクルスの方がいい、みたいなことを言われたよ」
「与えられた命令に忠実という点では、そうかもしれないわね。妖精みたいに、昼夜を忘れて騒ぎ散らすなんてことは絶対にないもの」
「その節はお世話になりました」
などど──1人では長い道のりも、楽しくおしゃべりをしながら歩けば短く感じられる。
討伐隊が出る時期は、モンスターが出ないからといって、経費節減のために冒険者を雇わずに1人で採取に向かってばかりだったが、やはり誰かと一緒の方が心強いし、楽しい。
今度からこの時期に外に出るときは友達を誘おう。会話を弾ませながら、エリーはそう思った。
「ノルディスにも声かければよかったかな?」
「じょ、冗談でしょう!男性と一緒に温泉に入るなんて・・・」
「え、ダメ?」
「当たり前・・・きゃっ?!」
ドサッっと、目の前に黒い物体が落ちてきた。岩よりもやわらかいその音──崖が崩れたわけではないようだが、どこか薄ら寒いものを感じさせる音だ。
2人は顔を見合わせると、ゆっくりと落下物に近づいた。
小柄なエリーやアイゼルよりもひと周り大きなその物体は、何度か見たことがあるような気もするが、そうそう見られるものではない。黒光りするその表皮に、赤黒い液体が流れていく。
「これ・・・アポステル・・・」
正しくは、「ヴィラント山に生息する魔物・アポステルだったもの」である。背中から生えているはずの羽はバッサリと切り落とされており、下半身がありえない方向にへし折れている。真っ赤に燃えたぎっているはずの目は、既に光を失っていた。
ぞくり、とエリーの背筋に冷たいものが走る。今まで何度かヴィラント山に登ったことはあるが、こんなアポステルの骸を目にするのは初めてだった。
彼女の知らない何かが、アポステルと戦っているのだろうか。それは一体・・・?
「エルフィール、上!」
アイゼルが鋭い声を上げる。
その声に顔を上げれば、頭上を飛び回るアポステルの大群が飛び込んできた。
「な、なんなのよ、コレは・・・」
「わかんない。でも、相当ヤバイ気がする・・・」
まだそれほどの高さまでは登ってきていない。引き返すなら今のうちだろう。
グェェェェェッ!
「ひっ」
宙を飛び回るうちの1匹が、何かの合図のように咆哮を上げた。思わず耳を押さえたアイゼルの肩を抱え、エリーは杖を握り直す。
(・・・こっちに気づいたんだ)
魔物の言葉がわかったわけではない。ただ、あのアポステルは間違いなくこちらを見ていた。
数える気にもならないが、10匹は軽く超えている。あんな大群とまともに戦えるわけがない。
逃げなければ。でも、どうやって?
緩やかな傾斜の山道には、身を隠せるような木も洞窟もない。
「・・・大丈夫。なんとかなるよ」
言い聞かせるようにそう言って、エリーは数十歩走って崖に背をつけた。頭上は屋根のように岩がせり出しているため、上から攻撃されることはない。
「あ・・・貴女・・・まさか、本気で戦うつもりなの?!冗談じゃないわ!」
「アイゼル、大声を出しちゃだめだよ。・・・囲まれなければなんとかなる、と思う」
「あぁ・・・落ち込んでいる姿を見ていられない、なんて声をかけなければよかったわ」
アイゼルも杖を握り締め、涙目になりながらもエリーを睨みつける。エリーは苦笑するしかなかった。
グエッグエッ!
早速、降下してきた1匹が姿を現した。
「やるしかないようね──覚悟は決めたわ」
「アイゼル、あまり無理しちゃだめだよ。前に出ないで、なるべく壁に背をつけたまま」
そう、それは以前エリーが言われたこと。
───お前が前に出ようなんて100年早いんだよ。そういうのは俺に任せておけ。
あぁそれなのに、頼りの護衛である彼がここにいない。
(大丈夫。私だって、強くなったんだから)
攻撃態勢に入ったアポステルに、エリーは杖を向けた。
「陽と風のロンド!」
「シュベート・ストライク!!」
(えっ?!)
杖からほとばしる光の線に、エリーは幻を見た。
光は円を描きながらアポステルに衝突し、魔物はわずかに体をのけぞらせた。エリーにしては会心の一撃だが、致命傷を与えるまでではない。しかしその腹から、剣先が突き出ていた。
刹那、白銀の切っ先は水平に軌跡を残し、アポステルの腹部を上下に寸断した。
キィィィッ・・・。
断末魔の叫びを上げ崩れ落ちるアポステルの向こうに、青い鎧を赤黒く染めた青年が立っていた。その剣からは、たった今魔物が流したばかりの体液がしたたり落ちている。
これは現実?それとも、魔物が見せる幻術?
アポステルに幻術の能力などないとわかっているが、エリーは目の前の光景にそう問いかけた。
「・・・ったく、運の悪い奴だな。ま、俺が助けてやったんだから、運のいい奴ってことになるかな」
「だぐ、らす?」
「怪我はしてないよな?悪ィけど、ゆっくり話してる暇はねぇんだ。ちょっと待ってろ」
ダグラスの幻は、そのままするりと崖の上へ姿を消した。
呆然と立ち尽くすエリーの脇をすり抜け、アイゼルが崖の上を見上げた。このアイゼルも、実は幻なのだろうか?
アイゼルは上を見上げたまま、両手を口に当てて微動だにしない。いや、その足元だけが小刻みに震えていた。
ゆらり、とエリーもアイゼルの隣に並び、同じように上を見上げた。
「・・・・・・!」
十メートル程先、そこには人間と魔物の戦場があった。
採取に行った時、魔物に遭うことがある。だがそれは、縄張りを侵した人間に対しての威嚇行動であることが多く、ある程度叩けば魔物の方から逃げていった。だからエリーは、こんな戦いがあることを知らない。
青い鎧を赤く染めた聖騎士たちと、真紅よりも赤く目をギラつかせたアポステル。どちらも命がけの様相だ。
「これが、討伐隊の戦い・・・」
当然アイゼルもはじめて見る戦場に、ただ目が離せない。
(あっ!)
その中間地点に、エリーはダグラスの姿を見つけた。短剣をピッケル代わりにして、岩山をするすると登っていく──幻ではなかったのだ。
「危ない!」
1匹の魔物が、戦場から近づいてくる獲物に狙いを定め下降を開始した。
だがそれも想定のうちだったのだろう。わずかな岩の隙間にぐっと足をかけ、ダグラスは剣を構えた。
大きな翼を巧みに操り上空から叩きつけてくる鋭い鉤爪を剣でなぎ払い、その片翼を切り落とす。不安定な足場ということを感じさせない、正確な剣捌きだ。
片翼を失った魔物は、ふらふらと舞い戻り、戦場にいた別の騎士によって叩き切られていく。
「アポステルの巣に踏み入ったのね」
冷静に、アイゼルがつぶやく。
「棲家を守るために戦っているのだわ、どちらも。だからこんなに壮絶なのね」
「・・・もの凄い時に来ちゃったね」
どこか間の抜けたようなエリーのコメントにアイゼルは眉をひそめた。だが、その顔を見て表情を変える。
エリーは、泣いていた。
少女たちは山道を登り、戦場へと向かった。直線で見ればそれほどの距離ではないが、だいぶ迂回することになったせいか、既に戦いは終わっていた。
既にそこは戦場ではなくなっており、聖騎士たちはアポステルの巣であっただろう洞窟で休息を取っていた。中に湧き出る泉で鎧を清めた青い姿に、エリーもアイゼルもほっと胸をなでおろす。
「いやぁ、まさかこんな可愛らしいお嬢さんたちに、あんな場面を見せてしまうことになるとは、なぁ」
年長の聖騎士が、苦笑交じりに髭をさすって笑った。
「街道から少し離れているし、何より女の子が来るような場所じゃないだろうに」
「しかし怪我がないようでよかったですね」
「コイツらは錬金術師ですから、材料取るためならどこにだって来るんですよ」
そう答えたのはもちろんダグラスだ。言いながら立ち上がり、2人に近づいてくる。
「女2人、そんな軽装で何やってんだ?」
「えっと・・・ピクニック?」
「アホか」
ゴツンと、ダグラスの拳がエリーの額にぶつかる。微笑ましいその様子に冷やかしの声があがるが、叩かれたエリーは頭を抱えしゃがみこんだ。
「いたた・・・本気でぶたれた」
思ったよりも痛かったらしい。ダグラスが本気で心配した分だけ、力が入ったのだ。
ずい、とアイゼルが間に入り、きっとダグラスを睨んだ。
「助けていただいたことには礼を言うわ。でも、公衆の面前でレディに手を上げるのは感心しないわね」
「レディだっていうなら、こんな危険な山にノコノコ歩いてくるんじゃねぇよ」
「この子が貴方に会いたくて来た、と言ったら?」
「「なっ・・・?!」」
叩いた方と叩かれた方が同時に声を上げてアイゼルを見た。それみたことか、というようにアイゼルは両腕を組み、遥か頂上を眺める。
「珍しい鉱石や温泉に興味はあるけれど、危険を顧みないわけではないわ。エリー、目的が果たせたなら帰るわよ」
「う、うん・・・って別にダグラスに会いに来たわけじゃないんだけど」
「ったりめーだ。ものすごい確率だぞ?」
言いながらダグラスはエリーの髪をくしゃりと握った。乱暴さは変わらず、エリーは顔をしかめる。
討伐隊の行軍スケジュールをエリーが知るはずもないのだから、こうして会えたのは奇跡の確率に等しいかもしれない。
ぐい、とダグラスの腕に引き寄せられ、バランスを崩したエリーはダグラスの鎧に額を打ちつけた。おぉ、と聖騎士ギャラリーから感嘆の声があがる。
痛みと恥ずかしさで、エリーはまた動けなくなる。
「・・・さっき、泣いてただろ」
「え・・・」
「あれでも急いで行ったつもりだったんだが、怖い思いさせちまったな」
考えてみれば。エリーはダグラスを見上げた。
エリーとアイゼルがアポステルに狙われた時、ダグラスは10メートル上にいたわけで。
彼の性格から考えて、迂回し駆けつけるとは考えられない。あの距離を滑り降りて駆けつけ、そしてまた崖を登って戦線に戻っていったのだ。
己の危険を顧みずに・・・。
「これが、聖騎士の仕事だ」
エリーの瞳を見つめたまま、噛み締めるようにダグラスが言った。
「ザールブルグの、いや、シグザールの国民が安心して暮らせるために、命を懸けて戦う。そんな姿を市民に見せるわけにはいかないんだが──格好つかねぇからな。だから、今日見たことは誰にも言わないで欲しい」
「うん・・・」
聖騎士はいつも涼しい顔をして、威厳を湛えてそこにいる。そのイメージは、即ちシグザール王国の象徴でもある。血にまみれ争う姿は、そこには相応しくない。
だからエリーは知らなかったし、アイゼルも知らなかったし、誰も知るべきではない姿なのかもしれない。
「・・・でも、さっきのダグラス、格好よかったよ」
「・・・・・・・・・・・・はぁ?」
エリーの言葉に、時間をたっぷりおいてからダグラスが顔をしかめた。
「格好つかないって言ったけど、格好よかった」
「いや、なんつーか、論点がちょっとズレてる気がするんだが・・・」
「あんなふうに護ってもらえているなんて、想像よりずっとすごくてびっくりしちゃったの。会えなくて寂しいなんてアイゼルに甘えてた自分が恥ずかしくなっちゃった。ごめんね?」
「あ、謝ることねぇよ」
ふいとそっぽを向いたまま、ダグラスは自分の頬を掻いた。その頬が掻く前から赤くなっていたことにエリーは気づいていない。
「エルフィール、いつまでじゃれついているつもり?他の皆様に失礼よ」
少し離れたところから、痺れを切らせたアイゼルが声をかける。
もうダグラスは手で支えていないのだから、客観的に見たら抱きついているように見えなくもないこの状態に気づき、エリーはパッと体を離した。途端に顔から湯気が出るほど熱を持ってくる。
「あ・・・ごめんなさい。失礼します!」
好意的な笑みを浮かべて見守る聖騎士たちに、ぴょこんとお辞儀をすると、エリーはその場から逃げるようにアイゼルに駆け寄っていった。
大げさに溜め息をついて、アイゼルは肩をすくめた。
「やっぱり、本人には敵わないわね」
「え?何の話?」
すっかり赤くなった頬を両手で押さえながら、エリーは首を傾げた。
「なんでもないわ。さぁ、戻りましょう」
「え?本当に上まで行かないの?」
「・・・討伐隊の護衛つき、なんてことになりたくはないですからね」
「確かに」
振り返れば、ようやくすべての穢れを落とした聖騎士たちも腰を上げたところだ。数歩離れたところでダグラスがこちらに向かって「しっしっ」と手で追い払っている。
少し困ったように肩をすくめ、エリーは頷いた。
「残念だけど、今回は戻ろうか」
「こんな思いをするのは今日だけで十分よ」
来た時と同じように他愛もない話をしながら、しかし来た時よりも晴れやかな表情で、2人はヴィラント山を後にした。
シグザール王国の平和を、背後に祈りながら。
|
・・・というわけで28000HITキリリク作品でございます。リクエストは
「
かっこいいダグラスに惚れ直すエリー」ということでした。
かっこいい・・・惚れ直す・・・
ってことは、通常とはまったく違う場面を作らなくては!
と意気込んだら、なにやらラブとは違う方面に行ってしまいました(汗)
でも、かっこいいですダグラス。よじ登る姿は滑稽かもしれないけどorz
個人的に討伐隊が書けたのが嬉しいです。あはは。
しーのさん、リクエストありがとうございました!