≪32000HIT御礼キリリク≫空とぶ猫目くじら様に捧げます
チーズタルト

 甘い香りに目を開けると、エリーは見知らぬベッドの上にいた。
「あ……れ? ここ、どこ?」
 いや、ベッドではない。エリーの肌にまとわりつくのは心地よいシーツではなく、まるでお菓子のようにべっとりとしたクリーム。それにこの香り──チーズケーキに似ている。
 体を起こして見回せば、大きな色とりどりのタルトの海が広がっていた。エリーが乗っているのは、どうやらチーズタルトのようだ。
「すごい! お菓子の国みたい!」
 縁に手をかけ、隣のアップルタルトに添えられた生クリームをすくい取ってみる。
「ん、おいしー!」
 ふにゃあ、と寝起きの顔がさらに蕩ける。
 人が乗れるほど大きくておいしいタルトを、こんなにたくさん作れるなんて、どこのケーキ屋さんだろう?
「さぁ。どれでも好きなモノ、選んでいいよ」
 どこかで聞いたことのある、むずがゆくなるような女性の声。
 見上げれば、見覚えのあるオレンジ色が飛び込んできた。オレンジ色の、服の袖だ。
「え……私の法衣? って、私?!」
 間違いない。エリーの目の前にある腕の主は、巨大なエリーだ。微笑むその視線の先には、聖騎士の青い鎧を着た青年──ダグラスがいる。こちらもエリーと同じ巨大サイズだ。
「もしかして、私が小さくなっちゃってる?」
 よくよく見ると、エリーの乗っているタルトは普段使っているトレイに並べられているようだ。経緯はわからないが、回りのものが大きくなったと考えるよりは、自分1人が小さくなったと考える方が妥当だろう。
「でも、なんで? それに、どうして私がもう1人?」
「おう、それじゃ……」
 ぐらり、と地面が揺れる。
「うわ?!」
 よろけたエリーは、チーズの上に両手足をついた。
「このチーズタルトをいただくぜ」
 ダグラスの大きな手が、自分が乗っているチーズタルトを摘み上げたのだ。
 流れからすると、このタルトを食べる、ということなのだろうが……。
「う、嘘ぉ!」
 ゆっくりとダグラスの顔が近づいてくる──いや、エリーがダグラスの口へと運ばれているのだ。
「やだ! 食べないで!」
 腰が抜けて動けないまま声の限りに叫ぶと、口を大きく開いたダグラスの眉が顰められた。
「ダグ……ラス?」
 縋る思いでダグラスを見つめる。
 だが、ダグラスは小さく笑って言った。
「差し出したのはお前だ、大人しく喰われろ」
「え? それは私だけど私じゃ……って、食べないで──!」


 ぱち。
 目を覚ますと、そこは自分のベッドの上だった。チーズにまみれることもなく、シーツもパジャマもいつもどおりだ。
「……夢、かぁ」
 やけにリアルな夢だった。自分が小さくなるという点は十分非現実的なのだが、あの香りと味は夢とは思えないほど……。
「おねーさん、おきてよ。おきゃくさんだよ」
 甘い夢の世界に飛びかけた意識が、かわいらしい声で呼び戻される。
 いつの間にか階段を上ってきていた妖精のポエットが不思議そうにエリーを見上げている。
「どうしたの、おねーさん。すごい汗だよ」
「うん、ちょっとヘンな夢が……あ、お客さん?」
「青いおにーさんだよ」
「えぇ? なんだろう、こんなに朝早く」
 妖精が言う「青いおにーさん」とはダグラスのことだ。
 別にエリーが寝過ごしたわけではない。時計を見てもいつもの起床時間と変わりはなかった。
「なんか依頼受けてたっけ……」
 スリッパを履き、手ぐしで髪を整えながら、エリーは急ぎ足で階段を下りていく。
 誰もいない朝の工房。その入り口に普段着のダグラスが立っていた。その顔は慌てるでも怒るでもなく、エリーの姿を捉えニッと笑う。
「よぉ、寝ぼすけ。さっさと支度しろ」
「支度? ────あ」
 ようやく思い出した。
 先日、馬に乗ってみたいと言ったエリーに、「早朝だったら少しは乗せてやる」と言ってくれたのだった。自分からお願いしたくせに、すっかり忘れていた。
 そんなエリーの様子も想定していたのか、ダグラスは腕組みをしたまま軽く頷いた。
「待つのも計算に入れて、早めに来てやったんだ。感謝しろよ」
「ごめん! すぐ着替えるから」
 偉そうなダグラスの言葉に動じることなく──このくらいの言われ方なら、まだ優しい方だ──エリーは踵を返し階段を上っていく。
 数段上がった所で、ふとその足を止めた。
「そうだ」
 振り向くと、ダグラスはドアに寄りかかり立ったままでいた。すぐに着替えるとはいえ立たせたままでいるのも申し訳ない。
 ちょうどお茶うけがあったことを思い出したのだ。
「昨日、アイゼルに頼まれて、ここでタルト作りの講習会をしたんだ。たくさん作ったから、よかったらそれを食べて待ってて」
 タルトはエリーの得意なお菓子の1つだ。
 材料費はすべてアイゼルが出すということで、昨日は粉まみれになるほど作りまくった。参加者のアイゼル、ミルカッセと3等分したので、まだたっぷりと残っている。
 へぇ、とダグラスは眉を上げ、テーブルへと歩み寄ってくる。
「それじゃ、そうさせてもらうぜ。──で、そのタルトっていうのは、どこにあるんだ?」
「あ、2階に……」
 そうだ。トレイに並べた後、寝室のサイドテーブルに置いたままにしてあったのだ。
 エリーは1人納得し、頷きながらつぶやいた。
「それであんな夢見たんだ」
「夢?」
 そんな小さなつぶやきも聞き漏らさず、ダグラスが聞き返す。
「うん。ダグラスが私を食べようとする夢」
「なっなにィ?!」
 焦るダグラスに、エリーは続けて言った。
「私が小さくなってタルトの上に乗っかってたんだけどね。そのタルトをダグラスが食べようとしたの。サイドテーブルに置いたまま寝ちゃったから、匂いに反応して夢にまで出てきちゃったみたい。そっかそっか」
 やけにリアルな夢の原因は、それだったに違いない。
 くるりとダグラスに背を向け、更に数歩上がったところで、
「……おい」
 少し不機嫌そうな声に呼び止められる。
 カツカツと靴音を立てながら歩み寄り、ダグラスは階段の手擦りにもたれかかった。
「俺は、食べれたのか?」
 いつもと逆に見上げてくるダグラスに、エリーは口元に指を当て首を傾げた。 
「うーん……"食べないで!"って叫んだところで目が覚めちゃったから、どうなんだろう」
「そうか。じゃあ、食べてないんだな」
 夢が終わったんだから、食べてないことになるのかもしれない。
 そう頷こうとすると、階段を上ってきたダグラスがそっとエリーの腰に手を回して階上を促した。
「2階にあるんだろ。続き、食べさせてもらうぜ」
「……ちょっとダグラスさん、なんですかこの手は」
「知ってるか? 夢っていうのは、願望が出るらしいぜ」
「ふーん……???」
 話の流れがよくわからず、とりあえず頷いてみたもののエリーは小さく首を傾げたままだ。
 そのままの体勢でゆっくりと階段を上っていく。
「あ、飲み物」
 最後の1段に足をかけた時、2階には水しかないことを思い出し、エリーはするりとダグラスの腕を抜けて階段を下りようとした。
 が、そのエリーの腕をダグラスが捕らえ、強く引き上げられる。
「わわっ?!」
 すっぽりとダグラスに包み込むように抱きしめられた。そのまま、耳元に低く甘い声が囁かれる。
「差し出したのはお前だ、大人しく喰われろ」


 あれは正夢? それとも予知夢?
 甘酸っぱいチーズタルトを頬張れば、その答えがわかるかも……。



大変永らくお待たせいたしました! やっとこさ完成です。
32000HIT(でしたよね?)御礼キリリク作品でございます。
今回のリクエストテーマは、カンの良い方はお気づきですよね?
「差し出したのはお前だ、大人しく喰われろ」
コレですよ、コレ! 漢だぜダグラス!
というわけで、霜月ver.はこんな感じになりました。
本家・猫目くじらさんver.はどんなお話なんだろう……ぐふぐふ。
猫目くじらさん、リクエストありがとうございました!

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