≪7000HIT御礼キリリク≫りゃん様に捧げます
Leibwache

 真冬の太陽が中天にさしかかる頃、職人通りの赤い屋根の工房を訪れる者がいた。
「はぁい、どなたですか?」
 少し乱暴でぶっきらぼうなノックの音で、木鶏に頼らずとも誰が来たのかすぐにわかったが、工房の主であるエリーはいつものように間延びした声で応える。
 ばたんっ。
「エリー!」

「ほえっ?」
 ノックよりも乱暴にドアが開かれ、ひんやりとした空気と一緒に大きな声が飛び込んできた。
 調合の手を休め振り返ると、入り口で青い鎧を着たダグラスが仁王立ちしていた。城門からここまで全速力で走ってきたのか、肩で息をしている。
(どどどどうしよう、何か怒られるようなことしちゃったっけ?)
 ただならぬダグラスの様子に、反射的に背筋をピンと伸ばしたエリーの方へ、ずかずかとダグラスが近寄ってくる。
 いつになく真剣な眼差しで、上から下まで何度も視線を巡らせる。
「あのぅ、何かあったんでしょーか」
 直立不動の体勢のままエリーがそれだけ言うと、ダグラスは大きく息をついてがっくりと項垂れた。唇が僅かに言葉をこぼす。
「え?なに?」
「・・・・・・平気みたいだな」
「何の話?」
 ばっと勢いよく上がった顔は、いつものダグラスに戻っていた。
「いや、いいんだ。変わったこともないよな?」
「うん。特に何もないけど・・・」
 エリーが頷くと、ダグラスは再び鋭い目でエリーの瞳を覗き込む。
「いいか、今日は工房から一歩も出るな。出かける用事があっても、後回しにしろ。絶対に外に出るんじゃねぇぞ。それから、何か変わったことがあったら、すぐに俺を呼べ。わかったな」
 人差し指を立て強い口調で矢継ぎ早に言われ、エリーは反射的に頷いた。
「よし、絶対!だからな」
 念を押すようにそう言うと、来た時と同じようにずかずかとダグラスは出て行った。
「・・・・・・何だったの?」
 途端に体中の緊張が解け、エリーはぺたんと座り込んでしまう。もう1度エリーはダグラスの言葉を反芻してみるが、何がしたかったのかよくわからない。わからないが、とりあえず何ともないらしい。
 工房に飛び込んできたダグラスは、まるで戦いの最中にいるような緊張感を携えていて、格好良かった・・・なんて思ってしまうのは不謹慎だろうか。
「俺を呼べ!・・・って、外に出ちゃいけないのに、どうやって呼びに行けばいいのよ」
 エリーが雇っている3人の妖精は、今日はそれぞれ採集に出てしまっている。工房にいながらにして城門の警護にあたっている聖騎士を呼ぶなど、まず不可能だ。
 真剣な眼差しで矛盾したことを告げていったその姿を思い出し、エリーはクスクスと笑った。
「さぁて、続きをしなくちゃ」
 ゆっくりと立ち上がり、調合台に乗せたビーカーを手に取る。飛翔亭から依頼を受けた「ズフタフ槍の水」。攪拌が終わったので、次は濾過しながら魔力を注ぎ込み・・・
 がしゃんっ!
「わっ!」
「どうした?!」
 黒い物体が、窓ガラスを突き破りエリーの足元へと飛び込んできた。ビーカーを落とさなかったのは奇跡に近いだろう。
「ふぅ、セーフ」
 深呼吸してビーカーを調合台に置くエリーの目の前を、青い影が横切った。
(んん〜?)
 錯覚かと思いつつそちらを向くと、先程工房を出て行ったはずのダグラスが、割れたガラスなどまったく気にせずに窓に駆け寄っているではないか。
「くそっ、逃げやがったか」
 身を乗り出して窓の外を見遣り舌打ちするその姿に、エリーは呆然とつぶやく。
「ダグラス、なんで・・・っ!」
 エリーの問いかけを遮るように、ダグラスは振り向きざまにエリーの体を抱きしめた。抱きしめるというよりは抱え込むというくらいに力強く、大きな手のひらが背中から腰にかけて動き出す。
(うそ、なに、なんで?どーして、どーなってるの?)
 自分の身に起きていることが理解できず、エリーは大きな目をさらに見開いたまま硬直してしまう。その瞳に映るのは鎧の青だけ。
(やだ、恋人でもないのに、こんな・・・恥ずかしいよぉ・・・)
 愛撫と呼ぶには乱暴な手の動きに、体中の血液が沸騰するのではないかと思うくらい熱くなってくる。顔からは湯気が出ているに違いない。声を出すことすらできず、エリーはされるがままになっていた。
「───よし」
 小さなつぶやきが聞こえ、同時にエリーの体が開放された。
「・・・・・・え?」
 先程までの激しさはどこへやら。さっと足元にしゃがみこむと、ダグラスは床に散らばるガラスの破片を拾い始める。
「だ・・・だぐらす?」
「お前はいいから。下手に触ると怪我するぞ」
「・・・・・・」
 ぶっきらぼうな物言いに、エリーはがっくりと肩を落とした。ダグラスはエリーを抱きしめたわけではなく、彼女が怪我をしていないか手っ取り早く調べただけだったのだ。
(だからって、他の方法もあるじゃない。まったくもぅ・・・)
 ふてくされてビーカーに手をかけた時、部屋の隅に転がる黒い石が目に入った。
「あら?これは・・・」
 何気なくその石をつまみ上げようとすると───
「触るなっ!」
 またもやダグラスが矢の勢いで飛んできて、エリーの体を背後から抱きすくめる。
「危ねぇだろ。ケガしたらどうするつもりだ。ったく・・・」
 耳許にダグラスの息を感じ、エリーの鼓動がまたも跳ね上がる。
「ケガって、だってただの黒曜石じゃないの?」
 平静を装ってそう言うと、少し体を離したダグラスがエリーの顔を覗き込んだ。
「コクヨウセキ?そういう名前の石なのか。って、お前のか?」
「ううん。きっと窓ガラスを割って飛び込んできたんだと思うけど・・・」
「やっぱりそうか。お前は触らない方がいい。そこに座ってろ」
 乱暴にエリーを椅子のほうへ押し出し、手近な布で黒光りする黒曜石を拾い上げる。その真剣な表情にほんの少しときめきを感じなくもないのだが。
(・・・何なのよ、さっきから)
 突如体の自由を奪われた緊張と、体中から湯気が出そうなくらいの恥ずかしさと、痛くなるくらいに早鐘を鳴らす鼓動。それらが落ち着いてくると、後には理不尽さが残った。
 最初に工房に来たときから、ダグラスはエリーの問いには一切答えていない。「表には出るな」「ケガをするからどいていろ」と一方的に命令ばかりしてくる。その上、本人は無自覚かもしれないが、必要以上にエリーに触れすぎではないか。
「・・・さっきから何なのよ、ダグラスのバカっ!」
 自分の気持ちを知っているくせに、そ知らぬふりで抱きしめてくる。追い詰められるのはエリーの方だけ。恋する乙女には、あまりにもひどい仕打ちだ。
 突如発せられた(とダグラスは思っている)エリーの大声に驚いて、ダグラスがぎょっとした顔でエリーを見上げる。
 その顔からは、今までの行動をなんとも思っていないことが明白で、どんどん悔しさが溢れてくる。
「私だって女の子なんだよ。いきなりこんなことして、心の準備ってヤツが必要なんだから。もう、わかんない!出てって!」
 感情に任せてエリーはダグラスの肩を強く押した。
「おいエリー、落ち着け・・・」
「バカバカ!ダグラスなんて大嫌い!」
 よろよろと立ち上がりなんとか体勢を整えようとするダグラスを、エリーは思いっきり突き飛ばした。
 今は顔も見たくない。見られたくない。
 心底困ったようなダグラスを見ないようにして、エリーはそのまま2階へと駆け上がった。そのままベッドに倒れこむ。
 少ししてドアが開く音。そして、閉じる音と同時に涙が溢れた。
「ダグラスのバカ・・・本当にわけわかんないよ・・・」
 どうして、あんなに焦って工房に来たのか。
 どうして、エリーの身の心配をしているのか。
 どうして、平気な顔で抱きしめてくるのか。
 どうして、自分だけがこんなに切ない想いに振り回されているのか・・・。
 考えれば考えるほど、どんどん悲しみだけが増していく。心の中に黒い塊があるかのように、胸が痛い。
(・・・黒い塊っていえば)
 ダグラスが拾って行った黒曜石を思い出し、エリーは枕から顔を上げた。
 彼は知らないようだが、南の方の山ではよく見かける黒い石。かく言うエリーも、実物を見たのはついこの間のことだ。
 石を割った時の切り口が鋭いので刃物代わりにもするくらいだが、あれは丸く研磨されていた。そして研磨したのは、たぶんエリー自身だろう。
「なんで『あれ』が工房に飛んできたんだろう。飛翔亭行って聞いてこようかな・・・って、調合の途中だったんだっけ!」
 調合台に置きっぱなしのビーカーを思い出し、エリーはがばっと身を起こした。
 駆け足で1階に降りると、ビーカーの中身を慎重に覗き込む。
「よかった・・・攪拌が済んだ状態だから、物質が安定してるみたいだね」
 錬金術師の顔で小さく頷いて、濾過器をセットする。ここまでくれば、あと小1時間もすれば「ズフタフ槍の水」は完成するだろう。
 こぼれないように慎重に濾過器にビーカーの中身と魔力を注ぎ、ゆっくりと零れ落ちる水とにらめっこ。かなり根気のいる作業だ。
 トントン。
 木鶏が珍しい友人の名を示している。調合の最終段階ともなると客人をもてなす余裕はないのだが、同じアカデミー生である彼女ならわかってくれるだろう。
「はぁい、どうぞ〜」
 緊迫感など微塵も感じさせない声を返すと、静かにドアが開いた。
「お邪魔するわ・・・あら、調合中だったの」
 錬金術師の卵であるアイゼルは、一目でそれが「ズフタフ槍の水」であることがわかったらしい。エリーの集中を解かぬよう、静かに椅子に座った。
「ごめんね。もう少しで終わるから」
 そうエリーが言ってから少しして、濾過が完了した。「ズフタフ槍の水」の完成である。
「ふぅ、やったね!」
「貴女、その程度のものを作るのにそんなに苦労しているの?まぁ、品質は良いみたいだけれど」
 アイゼルは立ち上がり、出来上がった調合品を眺めてしみじみとつぶやく。
 とほほ・・・とうなだれかけて、エリーは親友の顔をまじまじと見た。
「アイゼルが工房に来るなんて、珍しいよね。どうかしたの?」
「あぁ、貴女に聞きたいことが2つあるのだけれど・・・」
 そう言ってアイゼルは腰のポーチから白い布を取り出し、テーブルの上に置いた。
「あ、それ・・・」
 布の中から現れたのは、ついさっき目にした丸い黒曜石だった。
「その様子だと知っているようね。これはこの辺りでは珍しいものだから、こんなふうに加工できる人間も限られていると思うの。誰が加工したか、心当たりはない?」
「私が加工したものだよ。1週間くらい前かな、酒場の人に頼まれたの」
 それを聞いたアイゼルは、やはりというように小さく息をついた。エリーが不思議そうな顔をしていると、面倒臭そうに説明を始める。
 あの後、黒曜石を手にしたダグラスは、黒曜石に含まれる魔力に害がないかを調べてもらうため、ノルディスを頼ってアカデミーに行ったらしい。ところがノルディスは講義に出ている最中だったため、アイゼルに頼み込んだ。込められた魔力にどのような力があるのかは、加工した人物に聞くのが一番早いと考えたアイゼルは、その足で工房に訪れたのだった。
「加工されたばかりのように見えたから、こんなことをするのは貴女くらいだろうと思ったの。あの門番も、直接貴女に聞けば済むことなのに。どうしてわざわざ私に聞きに来たのかしら。私だって忙しいのに・・・と、それから」
 一旦言葉を区切り、エリーの耳許で尋ねた。
「貴女、番犬を飼いはじめたの?」
「番犬?」
 きょとんとするエリーに、アイゼルはドアの外へめくばせしてみせる。
 ドアの横の窓ガラスから表を覗いてみると───職人通りを歩く人々に鋭い目線を送っているダグラスがいるではないか。
「な、何でダグラスが?」
「だから私が聞いているんじゃない。そう、番犬代わりではないのね」
 アイゼルの言葉を背に、エリーはドアを開いた。
 玄関の死角にいたダグラスは、ドアを開けたのがエリーだとわかると、ぎょっとして彼女を見た。その顔は、非常にバツが悪そうだ。
「ダグラス、こんなところで何してるの?」
「・・・・・・仕事だ」
「仕事って、なんでウチの目の前にいるの?」
「・・・・・・・・・・・・待機してるだけだ。気にするな」
「気にするよ!待機なら中でもできるよね。とにかく入って」
 玄関に聖騎士に立たれていては、誰もが「ただ事ではない」と思うだろう。エリーは慌ててダグラスを招き入れるが、彼は少し躊躇した。
「入って、いいのか?」
「いいから入って。話はそれから、ね」
「それじゃ、私は帰るわね・・・痴話ゲンカにつきあっている程、暇ではないの」
 反論しようとするエリーをよそに、アイゼルはするりとドアをくぐりぬけ去っていく。痴話ゲンカ───彼女にはどうやらそう見えたらしいが、エリーにはまだ状況が飲み込めない。
 肩をすくめてアイゼルを見送り、エリーはダグラスをテーブルに促した。
 今日のダグラスはどこかおかしい。聞きたいことがありすぎて、エリーは黙り込んでしまう。
「・・・さっきは、済まなかった」
 重たい空気を感じながら、ダグラスが低い声で続ける。
「でも、俺だって考えなしにお前に・・・その・・・あんなことしたわけじゃないからな」
「あんなことって、どの事?」
 思い当たる節がありすぎたので聞き返したのだが、ダグラスは大きな体を縮こまらせてあー、うーと唸っている。
(どの事について謝られたのかわからなくちゃ、私だって言いようがないじゃない)
 やがて、頭をがしがしとかきむしって、ばっと顔を上げた。
「だめだ。うまく説明ができねぇ。とにかく、これを読め」
 そう言って懐から取り出した1枚の羊皮紙。エリーはそこに書かれた文面を見て息を呑んだ。

お前の愛する者に危害を加えられたくなければ、今日1日護りきってみせよ

「なにこれ?」
 エリーの第1声は、かなり間の抜けたものになってしまった。危機感のないその態度が気に食わなかったのか、ムッとしたダグラスが付け加える。
「昼前に、俺の部屋に投げ入れられた挑戦状だ。お前、自分が狙われてることに気づかなかったか?」
「・・・・・・!」
 エリーは、これ以上ないくらいに大きく目を見開いた。湖の魚のように、口をパクパクと動かしているだけで、声も出せない。
「幸い今日は俺が非番だから、すぐにお前の所に来れたから良かったものの・・・」
「ちょっと待って」
 説教になりそうなダグラスの言葉を遮り、赤くなっていく頬を両手で押さえながら上目遣いでダグラスに告げた。
「この字、ルーウェンさんのだよ。あと、この黒曜石は、ロマージュさんに頼まれて研磨したものだし・・・2人から危害なんて加えられそうにないけど?」
「・・・なんだって?」
 今度はダグラスが大きく目を見開いた。しばしエリーを黙って見つめていたが、やがて気がついたように音を立てて立ち上がった。その瞳には怒りの炎が見て取れる。
「ちくしょうっ。アイツら、嵌めやがったな!」
「あと、あともう1つ!」
 そのまま立ち去ってしまいそうになるダグラスの腕を掴んだ。
 立ちくらみとは違う眩暈と戦いながら、エリーはダグラスに向かって尋ねる。
「この手紙には、私の名前・・・・・・ないよ?」
「だからそれは・・・・・・っ」
 いらついた様子で腕を払いのけたダグラスは、そのままの姿勢で固まった。確かに、エリーを狙うなどとは1文字も書かれていないのだ。
「つまり、その・・・そういうことだ。しっかし、こんな為に窓ガラス割るか?普通・・・」
 柄にもなく頬を赤くしながら、窓の方を見てダグラスがつぶやいた。後半は明らかに照れ隠しだろう。
 それでも、とエリーは両手を握り締めた。聞きたい。彼の口から、彼の声で。
「ちゃんと、言ってもらわないと、わかんないよ?」
「・・・窓直してやっから、それくらい察しろ」
「・・・・・・いじわるぅ」
 ぷぅと頬を膨らませ、エリーは椅子に座り込んだ。もちろんエリーだって本当にわかっていないわけではないが、他に何と言うべきか言葉が思い浮かばないのだ。
 テーブルに突っ伏し、ひんやりとした木の感触を頬に受けていると、耳許に風が吹いた。
 ごく小さな声で、彼女の望む言葉を乗せて。


「やったわね」
「あぁ、やっぱりアイツは単純だな。これからも、からかい甲斐がありそうだ」
「って、いつまでもここで盗み聞きしてたら、今度こそ見つかっちゃうわね」
「そうだな・・・今日はお前の家に匿ってくれないか?」
「あらやだ。私だけ飛翔亭?1人じゃ坊やをかわしきれないわよ」」
 割れた窓ガラスの下に潜み様子をうかがっていた男女は、小声で作戦の成功を喜び合いながらそそくさと逃げ出していた。



7000HITキリリク作品です。
リクエストは「番犬ダグラス」ということでした。
思ったよりも難産でしたね^^;お待たせいたしました。
もっとダグラスを甲斐甲斐しく動かそうかとも思ったのですが
彼はそんなことしなさそう(面倒は見るだろうけど)に思えてきて
猪突猛進型プロトタイプになっちゃいました。
ちなみにタイトル「Leibwache」は独語で「護衛」
とかいう意味になると思います。ちょっと不安><;
りゃんさんが気に入っていただければ幸いです。
ありがとうございました〜!

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