≪8000HIT御礼キリリク≫あきら様に捧げます
usquebaugh〜生命の水〜

 冬の陽は姿を隠すのが早い。
 西から迫り来る夜の闇から逃げるように、ダグラスは早足でエリーの工房へと向かっていた。聖騎士の鎧は脱いで、腰に帯剣のみのラフな恰好。
 少しニヤつきながら歩く姿はどう見ても異質だったが、そんなことは関係ない。お目当ての工房の前にたどり着くと、いつものようにドアを叩いた。
 ドンドンッ。
「はぁい、どうぞぉ」
 中から聞こえるのは、僅かに緊張の色を宿した声。だがそれはダグラスだから気づいたことで、他の人ならいつもと変わらないと思うだろう。
「よぉ、待たせたな」
 ドアを開けると同時にそう言って、ダグラスは工房の主の姿を確認した。
「お疲れさま。夕飯は食べてきたの?」
 声と同様やや緊張した面持ちで、エリーは抱えていた水瓶をテーブルに置く。
「あぁ、さすがに空きっ腹じゃキツイからな」
「そっか。じゃ、これなんだけど、見てもらえる?オリジナル作品なんだよ」
 マイスターランクに進んだエリーは、最近はオリジナル調合でお酒を作り出すことに興味を覚え、そのたびに自称酒通のダグラスに味見をしてもらっているのだ。合格点をもらえたものは、そのままダグラスの胃袋に納められてしまうのが問題だが。
 酒の味見なら飛翔亭のマスターであるディオに頼んだほうが確実かもしれないが、そもそも「新しいお酒」を造っている理由がこの聖騎士に会う口実も混じっていたりするので、飛翔亭には二の次になってしまっている。
 促されるままダグラスが椅子に座ると、エリーは水瓶から琥珀色の液体をグラスに注ぎいれた。液体から芳醇な香りがふわりと漂ってくる。
「へえ、ウスケーボか」
 懐かしいその香りに、思わずダグラスは頬を緩ませる。
 が、エリーは対照的に目を見開き、口をアングリと開けたまま固まってしまった。
「・・・なんだよ、デカい口開けて」
「ダグラス、これのこと知ってるの?」
 今回エリーがオリジナル調合で作り出したお酒は、東の台地で取れた樹液を蒸留したものをベースにしていた。
「あぁ、俺の故郷でよく飲まれる酒に似てるんだよな。見た目と、香りが」
「うすけーぼ、っていうの?」
「こっちの発音だと『ウィスキー』の方が近いかな。俺の故郷の古代語で『命の水』って意味だ」
「命の水・・・って、お酒が?!」
「あっちは一年中雪に覆われているような寒い国だから、酒でも飲んで体を温めておかないと・・・ってことだ。ちょっと強いがすぐに体が温まるから、小さな子にも少し飲ませたりするんだぜ」
 東の台地はダグラスの故郷からそんなに離れていないので、似たようなものが出来上がっても不思議はないのだが・・・それでも、彼の故郷の酒に似たものを作れたことは驚きだ。
 グラスを掲げその色をしげしげと眺めて、ダグラスはそれを口許に運んだ。
 自分の作った酒がゆっくりと嚥下されていくのを、不安と期待を込めてエリーは黙って見つめている。
「・・・・・・うん、懐かしい味だ」
 一言目、ダグラスは頷きながらそう言った。
「ちょっと甘い気もするが、こっちの方ではこの味の方が好まれるかもな」
 ダグラスが満足げにグラスの中身を飲み干すと、憮然とした表情のエリーと目が会った。
 どうやら、今回のダグラスの評価は、彼女の望むものではなかったらしい。
「何だ?不服なのか?ちゃんとうまいから安心していいぞ」
「・・・・・・・・失敗だよぉ」
 低く唸るようにつぶやき、エリーはがっくりとうな垂れてしまった。
 ダグラスは、味見を頼まれたので思ったことを正直に伝えたまでなのだが、それによって彼女を傷つけてしまったような気分になり、内心焦った。うまい言葉がすぐに思いつくほど器用な男ではないのだ。
 長い溜め息の後、エリーの口からさらに小さなつぶやきがこぼれる。
「ダグラスのために作ったのになぁ・・・」
 どき。
 そのつぶやきに、ダグラスは心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受けた。
「な、なんだよ──飛翔亭に新しい酒を依頼されたから、持っていく前に味見してくれって言ってたじゃねぇか」
 バツが悪そうなダグラスの言葉に、はっとしてエリーが顔を上げる。心なしか赤みを帯びたダグラスの頬を見て、連鎖反応のようにエリーの頬も赤くなっていく。
「あ、その、そうなんだけど、えっと・・・・・・」
 飛翔亭から酒を頼まれたのは事実だし、ダグラスに味見を頼んだことも事実だし、いつしか目的が「飛翔亭」から「ダグラス」に変わっていたことも事実。だが、そのことをうまく伝えられるほど、エリーもまた器用ではないのだ。
「・・・一つ答えろ」
 ダグラスはわざとらしく咳をして、大きなエリーの目を覗き込んで続けた。
「この酒はオリジナルだって言ってたよな?誰のために作った?」
「そ、それは・・・」
「飛翔亭に売るためか?それとも、俺のためか?」
「・・・ぇ・・・・・・」
 答えは決まりきっているのに、素直に答えられるはずもなくエリーは視線を宙に泳がせる。
 が、ふと視線を戻せば、いつになく真剣な青い瞳。
「・・・・・・・・・・・・ぇぃ」
 小さな掛け声と共に、エリーは水瓶を両手で抱え、その液体を喉に流し込んだ。
 ぎょっとしたのはダグラスである。この酒はワインよりも相当強く、エリーは酒に相当弱いのだ。
「ばか、やめろっ。弱いくせにそんな飲み方するんじゃねぇ!」
 慌てて駆け寄ったダグラスが水瓶を取り上げた時には、エリーは既に3、4口は飲んでいたのだろう。思いっきりむせてしまっている。
 ったく・・・と声にならない安堵の息をついて、ダグラスは水差しから冷たい水を用意した。勝手知ったるエリーの工房、である。
 エリーはむせながらも水を受け取り、焼けるような喉を冷やそうと一気に流し込んだ。ダグラスは「甘い」と言っていたが、エリーにはさっぱりわからない。
 3杯目の水を飲み干してから、ぽつりとエリーが喋りだした。
「ダグラスのため、だよ。ダグラスに『うまい』って言ってもらいらくて、頑張っれ作っらの。ダグラスの故郷では、じょーりゅーしゅのほーがよく飲まれるっれマスらーが言っれたの。らから、がんばっらの・・・」
「おいおい、呂律が回らなくなってきてるぞ」
 大丈夫か?と触れた頬は、焼けるように熱い。ダグラスは舌打ちした。
「妖精はいないのか・・・解毒剤どれだ?エリー、わかるか?」
 調合品が並べられている棚の前からダグラスが振り返ると、エリーは何やらわけのわからぬ言葉を喋りながら机に突っ伏していた。
「ったく、今度から解毒剤も用意させとかないとマズイな・・・これか?」
 解毒剤は何度か依頼したことがあったので、それほどかからずに探し当てることができた。コップに少量を注ぎ、エリーの口許に差し出す。
 こんな状況なのに、いや「だから」というべきか。ダグラスの動きにはまったく無駄がない。だがエリーの動きには無駄がありすぎだ。
「うぅ・・・もうのめらいよ〜」
「何言ってんだ。それ飲んでさっさと寝ろ」
 半ば無理やりにエリーの口をこじ開けると、ゆっくりと解毒剤を流し込んだ。酒も度を越せば立派な毒物だ。
「う、にがーい・・・」
 どうやら味覚は失われていないらしく、エリーはとろんとした目のまま顔をしかめる。
「ほれ、2階に行くぞ。立てるか?」
「んー、むり」
 火照った頬をテーブルで冷やしているエリーに、ダグラスは深いため息をついた。自分は頼まれてここに来たというのに、なんで酔っ払いの介抱をしなければならないのか。
 それでも、とダグラスは微かに微笑んだ。
(コイツのこんな姿は、他のヤツには見せらんねぇしな)
「しょうがねぇな。ホラ、行くぞ」
「ん・・・うわっ?」
 靄がかかったようにフェードアウトしていきそうな意識の中、急にふわりと浮いたような感覚にエリーは思わず声を上げた。
 自分の体がダグラスに抱え上げられ、2階の寝室に運ばれているのだと気づいたのは、階段を上りきった時点でようやくだった。
(どうせなら、お姫様抱っこがよかったなぁ・・・)
 ぼんやりとそんなことを考えていると、ぼすっと音を立てて体がベッドに沈み込んだ。
 目を開けると、ダグラスが階段を急ぎ足で降りていくのが見える。
「放り投げること・・・ないじゃないかー」
 ともすれば消え入りそうな意識を振り絞り、エリーはゆっくりと体を起こした。
 が、勢いあまって逆方向に倒れこんでしまう。
「お前、何やってんだ?」
 ちょうど階下から水差しを持ってきたダグラスが、訝しそうに眉を潜めて言った。よく見ると、例の水瓶も持っている。
「あんな飲み方するお前が悪いんだぞ。酔っ払いは布団被って大人しく寝てろ」
「うぅ〜」
 言いたいことはあるのだが、うまく言葉が見つからない。エリーはそのままごろんと転がり、器用に靴を脱いで布団の中に潜り込んだ。
 その様子を見届けてから、ダグラスは水差しと水瓶をサイドテーブルに置いた。
 ごとん、というその音に反応して、エリーは布団から首だけ出してそちらを見る。
「・・・ねぇ、ダグラス」
「あン?」
「それ・・・おいしくなかった?」
 おや、とダグラスは首を傾げた。
「『うまい』って言ったろ?聞いてなかったのか?」
「聞いてたけど・・・」
 布団の中でもじもじしながら、上目遣いで(エリーは寝転んでいるのだから上目遣いになるのは当然だが)ダグラスを見つめる。
 わかっている。エリーが欲しい言葉はそれだけじゃないのだ。
 ふっと小さく笑い、ダグラスはエリーの足元に座った。
 ぎし・・・とベッドが軋む音がして、思わずエリーは布団の中に顔を隠す。
「俺は嘘は言わねぇよ。たとえお前が俺のために作ったもんだって、まずけりゃそう言うさ。わかってるだろ?」
 ほんの少し覗く前髪を右手ですくいあげると、もの言いたげなエリーが顔を出す。
「それに、俺は『味見』を頼まれたんだよな。飛翔亭に出しても文句ない出来かどうかって。あれなら十分売り物になるさ」
 もっとエリーの顔がよく見えるように、布団の端を軽く捲り上げる。
「俺はもっと辛口の方が好きだ、って言ったのが気になったのか?」
 ダグラスの問いかけに、エリーはゆっくりまばたきをした。その目はトロンとして、今にも眠りの世界に飛び込んでしまいそうだ。
 その額に、ダグラスが小さなキスを落とす。
「なら、次は俺好みのを作ってくれればいいさ。今度は俺だけのために、な」
「うん・・・・・・」
 エリーは安堵の息と共に微笑む。その表情はとても幸せそうで、満ち足りていた。
(あー、やっぱ可愛いな、コイツ)
 ほんの少しダグラスは苦笑し、布団を元に戻した。
 エリーの微笑みはすぐに安らかな寝顔に変わり、規則的な寝息が漏れてくる。
 相変わらず恥ずかしがりやの恋人は、なかなかその関係を認めようとしない。だからといって飲めない酒を飲んでまで逃げようとしなくてもいいのに。
 明け方になれば、エリーは喉の渇きに目を覚ますだろう。
「起きたら、覚悟しとけよ」
 グラスに琥珀色の液体を満たしながら、ダグラスはエリーに向かって小さくつぶやいた。



8000HITキリリク作品です。リクエストは
ダグラスとエリーが仲が良かったら何も言うこと無いのです。
オトナオトメ推奨で結構です!(むしろその方が楽しい)甘ったるいものを

ということでした。あまりいちゃついてませんが;;
タイトルにもなっている「ウスケーボ」(ウスケボーの方が正しい?)は
文中にもあるとおり、ケルト語で「命の水」、ウィスキーの語源というか原種です。
恋人に酒が加わればいちゃつくだろうと思いきや
予想以上にエリーさんは下戸だったみたいです(笑)
翌朝、どんなことが彼女を待ち受けているのか・・・ご想像にお任せします☆
あきらさん、リクエストありがとうございました〜!

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