≪9000HIT御礼キリリク≫りらい様に捧げます
白銀の夜は更けて

「ええっ、部屋が空いてないんですかぁ?!」
 2月の太陽が早足で山に隠れようとする頃、カリエルの酒場<白夜亭>についたエリーは大きな目を丸く見開いて思わず叫んだ。
 酒場の主人であるブライアンは、すまなそうに白髪頭をかいている。
「氷付けの竜が倒されてから、ここに来る旅人が増えてきたんだよ。しかもこの時期は雪祭り目当ての観光客もいるし・・・すまんのう」
「そうですか・・・とほほ」
 シグザール王国の北に位置する常冬の国、カリエル。エリーの護衛であり、恋人でもあるダグラスの生まれ故郷。
 今回ここに来たのは、通称<東の台地>にグラビ石を採取するためだった。もっとも、東の台地に行くだけならば、わざわざカリエルまで足を伸ばさなくても済むのだが。
 結局は、ブライアンの言うように、エリーも「雪祭り目当ての観光客」なのだ。
「部屋がないなら仕方ないさ。どっかで野宿でもするか」
 がっくりとうなだれるエリーの肩を叩きながら、今回たった1人の護衛であるダグラスが明るい声で言う。エリーが雪祭りを2人で見物することを楽しみにしていたのは知っていたので、こんな状況でも彼は上機嫌だ。
「あら、ウチに泊まってもらえばいいじゃない」
 2人の背後から、これまた明るい声が飛び込んできた。白夜亭の看板娘、セシル・マクレイン──ダグラスの妹だ。
「ウチの空き部屋、白夜亭に泊まれないお客さまに提供しているんですよ。気にしないで泊まっていってください」
「え、いいの?」
 ぱっと顔を輝かせるエリーと対照的に、ダグラスは頭を抱えている。
 そんな2人の様子を見比べて、セシルはくすりと笑った。
「はい!父も母も喜びます!・・・ね、おにいちゃん」
「・・・冗談だろ、オイ・・・」
 あまりにもダグラスが困った表情をしているので、エリーは招待を受けるべきか少し悩んだ。
 普段、エリーと護衛者は白夜亭に宿を取り、ダグラスは実家に泊まっていた。が、白夜亭が空いていないとなると、エリーは1人で野宿することになる。当然ダグラスがそんなことを許すはずもなく、きっと彼女と一緒に野宿するつもりだったのだろう。
 野宿しなくて済むのなら、ダグラスの家に厄介になった方がいいだろう。
(それに、ダグラスのお父さんとお母さんも見てみたいし)
「ねぇダグラス、お言葉に甘えちゃ、だめ?」
「お前・・・あんまり深く考えてないだろ。後悔するぞ?」
「そんなことないよ。ちゃんと考えて、その方がいいかな〜って思ったんだもん」
「・・・・・・・・わかったよ、勝手にしろ」
 ため息混じりにぶっきらぼうにそう告げると、ダグラスは黙って白夜亭を後にしてしまう。
「・・・怒っちゃったかな?」
「照れてるだけですよ。あ、兄に代わってご案内しますね」
 セシルはブライアンと一言二言交わすと、軽い足取りでエリーの荷物を受け取った。
 ──そしてエリーはこの判断が迂闊だったと後悔することになる。


 雪道を少し歩いた所に、マクレイン家はあった。
「ここが、そうなの・・・?」
 石造りの門構えに立ち、エリーは家──というより屋敷を見上げていた。
「古い建物なんで、大きいだけが取り柄なんですよ。さ、どうぞ」
 2階建ての屋敷は、ザールブルグの貴族通りにあってもおかしくないような佇まいだった。確かにこの広さならば、旅人に貸す部屋はいくつもあるだろう。
 やけに上機嫌なセシルに続き、きれいに片付いた簡素な居間に通され、手持ち無沙汰に入り口で立ち尽くしているエリーを出迎えたのは初老の夫婦だった。当然のことながら、ダグラスとセシルの両親である。
「ようこそ、エリーさん。セシルから貴女の話はよく聞いているよ」
「錬金術をなさっているんですってね。でも、この辺ではあまり聞いたことないわぁ」
 いかにも豪胆な戦士の父親と、物腰静かで気品ある母親。これまたにこやかに出迎えられ、思わずエリーも笑顔で答える。
「あの放蕩息子は、シグザール王国で騎士に採用されたってこと以外、一切連絡してこなくてね。お嬢さんが連れて来てくれて、本当に感謝しているよ」
「いえ、そんな!いつもダグラス・・・さんにはお世話になりっぱなしで、恐縮です」
(ダグラスって、髪の色以外はお父さん似なんだなぁ)
 などと思いながら、進められるままに椅子に座ると、セシルが身を乗り出した。
「今夜は私がシチューを作るんだから、お母さんは何も用意しないでよ」
「あら、せっかくお客様がお見えなのにシチューだけじゃ申し訳ないじゃない」
「パンだって、卵も用意するの。おにいちゃんとエリーさんに絶っ対食べてもらうんだから!」
 マクレイン夫妻は顔を見合せクスリと笑うと、
「それじゃセシル、お前に任せるよ」
 父の言葉に小躍りしながら、セシルは白夜亭に戻っていった。ブライアンの特訓の成果が見せられるのがよほど嬉しいのだろう。
「やれやれ。セシルの『お兄ちゃん病』再発か?」
「ふふ・・・でもエリーさんが来てくれて、あの子も本当に嬉しそうだわ。エリーさん、お調子者な妹だけど、どうか仲良くしてやってね」
「はい。・・・・・・?」
 微笑ましい家族のヒトコマに顔をほころばせていたエリーは、そのままの流れで返事をしたものの、どこか違和感を覚えて首を傾げた。
 妹・・・?確かにセシルはダグラスの妹だが、母親が言うなら「娘」の方が妥当な気がするのだが。
「そうだわ。エリーさん、ザールブルグでのダグラスのことを聞かせてくださらない?あの子ったら、家に帰ってきてもちっともお話してくれないのですもの。お父さんに似て口下手になっちゃったのよねぇ」
 俺はあそこまで口はひどくないぞ、と抗議をする父親をよそに、赤髪の母親は擦り寄るようにエリーの顔を覗きこんだ。息子の成長を心配しない親はいない。
「そうですねぇ・・・私がダグラスさんと知り合った時には、既に王室騎士隊の実力ナンバー2だって言われるくらいだったので、そこからのお話になりますけど」
 息子がそこまで認められているのも知らなかったのだろう。夫婦は目を丸くして、自慢の息子の武勇伝を笑いながら催促する。
 王室騎士隊の入隊最年少記録を持っていること。若さゆえか適正の問題か、未だに王城の門番をしていること。海竜を倒したこと。武闘大会で1度だけ隊長を倒し優勝したこと。
 さすがに自分とダグラスの関係については触れないようにしつつ、エリーは一所懸命ダグラスの様子を伝えた。
 いつしか窓の外は完全に夜の世界になっていた。
「お待たせ〜!セシル特製うさぎのシチューと、ブライアンさんからパイをもらってきました〜!」
 バスケットを抱えて帰ってきたセシルは、自分が出て行った時のままの姿の3人を見て、軽くため息をついた。
「もう。お母さんったら、エリーさんを質問攻めにしないでよ。長旅で疲れているんだろうから」
「あ、そうね。ごめんなさい、気づかなくって」
「そんなことより。お兄ちゃんはまだ帰ってこないの?」
 そういえば、エリーよりも先に白夜亭を出て行ったダグラスの姿はない。
「帰ってくるなり自分の部屋に篭りっきりよ。慌てて片付けているんじゃないの?」
「そっか。それならいいんだけど」
 きれい好きなダグラスは、たまにしか使っていないだろう自分の部屋を真っ先に掃除するのだろうか。エリーには到底真似のできない芸当だ。
 と、どうやら父親が女2人の会話を不思議に思ったらしく、パイを受け取りながら尋ねた。
「なんでそんなに掃除するんだ?いつだってちゃんと片付けてあるだろう」
「やぁねお父さん。エリーさんに、自分の部屋泊まってもらうんですもの。そりゃダグラスだって気合いが入るでしょう」
「・・・・・・え?」
 思わず、エリーの動きが固まった。
 今、ダグラスの母親であるこの女性は何と言ったのか。
「そうよ。ベッドだって用意しなきゃならないし」
 続いて妹であるこの少女はとんでもないことをサラリと言わなかったか。
「あ、そうか」
 父親であるこの男性は、いとも簡単に納得しすぎではないか。
「あ、あのぅ・・・お部屋って・・・」
 頭の中で組み立てられるあり得ない展開に眩暈を覚えながら、それでもエリーはにこやかな笑顔のまま尋ねてみた。
 答えたのは、当然だという顔をした母親。
「大丈夫。結婚前に同じ部屋に泊まるなんて・・・とか野暮ったいことは言わないわよ。それに、早く孫の顔も見たいし、ねぇ」
(あぁ、やっぱりそういう意味なんですか?!)
 今更「私とダグラスはそういう関係では・・・」と言ったところで信じてもらえるわけもなく、エリーの荷物はダグラスの部屋に運ばれることになった。


「だから“後悔する”って言ったろ?」
 どうやら部屋で不貞寝をしていたらしいダグラスは、エリーの荷物をため息混じりに受け取った。
「だって、大きなお家じゃない?!旅人に部屋を貸したりするって言ってたじゃない?!私は旅人なわけだし、まさか、まさか、そんな・・・」
「ま、これでお前もうちの家族に認知されたってワケだ」
 もはや諦めたのか、淡々とダグラスはそう告げた。
「認知って・・・だって・・・ええっ?!」
 エリーは、まだ目の前の展開についていけず、しどろもどろになっている。
「確かにまだそういう話はするつもりはなかったけど、遅かれ早かれってやつだし──ちょっと順番が狂っちまったけど、まぁ結果オーライってことになりそうだな」
「そんなっ、私、恥ずかしいです!」
 ぶんぶんと大きく頭を振るエリーに、ダグラスは真顔で詰め寄った。
「何が恥ずかしいんだ?ウチの両親公認の仲になった、ってことか?それとも、相手が俺ってことか?」
「前者だよ!だって、初対面でそんな、私、何も言ってないのに・・・」
「嘘付け。俺のことあれこれ話してたろーが。ここまで聞こえるくらい、大きな声で」
 確かに、ダグラスの良い面を伝えなきゃ!と張り切って少し大声になっていたような気もする。しかしそれはあくまで「第3者から見たダグラス」を語っていたはずだ。
「ウチの親には、セシルから先入観あるからな。お前がここに来るってのは、俺が嫁さん連れてくるって思われても当然だ」
「・・・・・・・・・・・!」
 そこまで言い切られては、もはや何の言いようもない。
 ダグラスはフッと悪戯っぽい笑みを浮かべ、魚のように口をぱくぱくさせるエリーの耳許にそっと唇を寄せた。
「安心しろ。こんな状況で襲うほど、俺はガキじゃない。何もしないさ」
「っ!そういう問題じゃないじゃない!」
 小さく握りこぶしを作って叫んでみたところで、エリーの立場は変わらない。
(あぁ、もう、恥ずかしくて食事なんて取れないよぅ)
 真っ赤になってもごもごしているエリーの頭をポンと叩き、
「ホラ、さっさと行くぞ。あまり戻るのが遅いと、余計な詮索されるぞ」
「余計なって───っ」
 顔を上げてなんとか抗議しようとしたエリーの唇が、ダグラスによって塞がれた。それ以上は問答無用、と言わんばかりに。
 しかし、その口付けはやんわりと甘く、しっとりと長く、身も心も蕩けんばかりで。
 ダグラスの「好き」が直接伝わってくる。そして、自分の「好き」も直接伝わっているだろう。
 突然彼氏の家族に寛大すぎるほどの認知をされ、顔から火が出るほど恥ずかしくてたまらないが、それでも。
 このぬくもりが永遠になるなら耐えられる──かもしれない。
「───何もしないって言ったじゃない」
 ようやく離れた唇で、それだけ言うのが精一杯のエリーだった。



9000HITキリリク作品です。リクエストは
ダグラスにしてやられるエリー
ということでした。
なんか「ダグラスに」というより「ダグラスの家族に」に
なっちゃいましたね。あれれ。
一応、ダグラスとしては
「今の状態で家族に紹介するのは非常に不本意だが
鈍感な娘にちょっとくらい思い知らせるいい機会かな」
くらいのことを考えているだろうと思います。
どうでもいいけど、雪国の家って大きいイメージがあります。
北欧とか、特に。何でだろう?
りらいさん、リクエストありがとうございました〜!


いただき物TOPへ


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理