雪降る街で

 風が冷たい季節になった。カタカタと窓が揺れる音がする。窓から見える人たちは、皆白い息を吐き、早く家に辿り着こうと足早に通り過ぎていった。
「もう、冬かぁ」
 窓から外を見ていたエリーは一人呟く。さっきまでは調合をして忙しく動いていたため、さほど寒さは感じなかった。だが、調合も終わり一息つくと、急に肌寒くなってくる。
「寒いなぁ〜〜」
 一度ぶるっと自分の体を抱いたエリーは、片づけをするために調合台に向かう。
「ダグラス、どうしてるかな・・・」
 乳鉢に手をかけ、エリーはその名を口にした。
 もう、ダグラスが自分の国、カリエルに帰ってどれくらいの時間が過ぎただろう。帰ったと言っても、たったの1ヶ月。討伐隊に出かけるのと同じだけの時間だ。でも、エリーの心はどうしようもない寂しさで包まれていた。
「でも今の季節、カリエル王国は雪がすごいんじゃなかったっけ。もしかしたらダグラス、雪が恋しくなったのかも」
 くすくすと笑いながら、ダグラスのことを思い出す。以前、少しだけ話してくれた、故郷のこと。とても寒いところで、冬になると雪が積もって大変だということを教えてもらった。今、カリエルに雪は降っているだろうか。
「行ってみたいな、ダグラスの生まれた所・・・・」
 気がつけば頭の中はダグラスでいっぱいになっている。少し頬を赤らめ、ひとつ咳をしてからエリーは片付けに戻った。

「こんばんわぁ〜」
「あらぁ、なんだか久しぶりね」
 飛翔亭に行くと、カウンターに座るロマージュに声をかけられた。
「ロマージュさん!お久しぶりですね!!また、旅に出かけてたんですか?」
 エリーは嬉しそうに笑うと、ロマージュの隣に腰を下ろした。
「えぇ、そうよ。カスターニェに行ってきたの」
「どうでした??」
「そうねぇ」
 ロマージュが話し始めると、カウンターの奥から飛翔亭のマスターであるディオが出てきた。
「よぉ、お嬢さん。飯食いに来たのか?」
「ディオさんこんばんわ。はい。なんだかあったかいものが食べたくて」
 ディオに笑顔を向け、エリーはいくつかの料理を注文した。
「あ、そう言えばあの人なんて言ったっけ?マ、マ・・・・」
「マルローネさんですか?」
 エリーが言うと、ロマージュはパンッと手を叩く。
「そう、その人よ!!カスターニェで会ったわよ」
「え?そうなんですか?!いいなぁ〜〜」
 エリーはカウンターに両肘を突き、手のひらに顎を乗せる。
「ふふっ。貴方本当にその人のことが好きなのね」
「マルローネさんは私の憧れの人ですから。でも、ただ憧れてるだけじゃないんですよ。目標なんです。いつか、マルローネさんのような錬金術士になりたい。そう思うんです」
 そう話すエリーの横顔を、ロマージュは嬉しそうな顔をして見ていた。
「貴方たち、似てるわね」
「え?誰ですか?」
「貴方とダグラスよ」
 突然出た名前に、エリーはドキッとする。急に、心臓が早鐘を打ち始めたようだ。
「ダグラスも・・・エンデルク隊長に憧れていて、それと同時に目標としてる。ホント、よく似てるわぁ」
「そ、そうですかぁ・・・?」
 一度考えてしまうと、もう止まらない。エリーの頭の中に次々とダグラスの顔が流れる。
「彼、今故郷に帰ってるんだったかしら?」
「あ、はい。もうすぐ帰ってくるはずなんですけどね」
「ふぅ〜ん。それでいつもより元気がないのね」
「えっ?!」
 顔を赤くしたエリーに、ロマージュはくすくすと笑う。
「正直ねぇ、貴方」
 ロマージュにすべて見透かされ、エリーは小さくなってしまう。
「でも、ダグラスの故郷ってすごく寒いところなんでしょう?帰ってこれるの?」
「さぁ・・・?わかりません。でも、お休みは1ヶ月だけだから・・・」
 そう、と言ってロマージュはワインを一口飲む。それを同時に、エリーの注文した料理がカウンターに並んだ。
「うわぁ、美味しそう!!いっただきまぁ〜す♪♪」
 エリーは早速料理を食べ始めた。
「そういえばエリー、この間来た行商がな、ダグラスのような男を見かけたと言っていたぞ」
 ディオの言葉に、エリーはすぐさまフォークを下ろす。
「ホントですか??!!」
「あぁ、特徴からして恐らくダグラスだな。もうすぐ帰ってくるんじゃないか」
 見る見る間に、エリーの表情が笑顔に変わっていった。ロマージュもディオも、それに気付いて小さく笑う。
──ダグラスが、帰ってくる!!──
 それからのエリーは終始笑顔で料理を口に運んでいた。

「あれ・・・?」
 依頼を受けに飛翔亭に行こう。そう思い立って玄関を出たエリーは、ふと空を見上げる。
「雪・・・」
 微かではあるが、空からは白いふわふわした雪が落ちてきていた。エリーは両手の平を空に向け、広げる。
「雪だぁ」
 嬉しそうに空を見上げ、エリーは雪を楽しむ。
「何やってんだ、お前は」
 そのとき、呆れたような声が聞こえた。思わずエリーはぐるっと首を横に向ける。
「ダグラスっ!!」
 そこに立っていたのは、蒼い瞳を持つ大好きな人。会いたくて会いたくて仕方がなかった人。
「よっ。今帰ったぜ」
 そう言って、いつもの笑顔を見せるダグラス。エリーは彼に対して何かを言おうとするのに、上手く言葉が出てこない。
 二人の間に、ただ雪だけが降り注ぐ。
「エリー?」
 何も言わないエリーに、ダグラスは首を傾げ、名を呼ぶ。エリーはハッとしてダグラスの目を見た。
「あ、あの・・・おかえり、なさい・・・・」
 やっと言えた言葉はそれだった。だがダグラスは、そんなエリーの言葉ににこりと微笑む。
「あぁ、ただいま」
「ダ、ダグラス、マフラーも何もしてないじゃない!!こ、これ使って!!」
 一応コートは着ているようだが、なんだか首元が寒そうに見えて、エリーは自分の首からマフラーを取り、ダグラスに駆け寄ってその首にかける。
「エリー」
 ダグラスの首に必死にマフラーを巻くエリーの手を、ダグラスはぎゅっと掴む。
「ダグラス・・・?」
「中に入らないか?あ、どこか出かけるところだったか?」
「あ、ううん。大丈夫!!そうだよね、中入った方があったかいもんね!!どうぞ入って!!」
 エリーは早口にそう言いながら、ダグラスを工房の中へと招き入れた。

「ご両親は、お元気だった?」
 工房の中に入り、エリーは棚からミスティカティを取り出してきた。今は二人でそれを飲みながらあったまっている。
「あぁ。親父もお袋も、妹も元気だったよ」
「そう。よかった。カリエルではもう雪、降ってた?」
「積もってるぞ」
「え、そうなの?!」
 もう降っているだろうとは思ったが、まさか積もっているとは。エリーはただ驚く。
「そのままカリエルに・・・いたくなった?」
 エリーは半ば俯きながら、そんな質問をした。ダグラスは目を丸くしてエリーを見ている。だが、すぐに軽く笑った。
「アホ。俺はもうこの街の住人だ。この街が・・・好きだからな」
 ダグラスの答えに、エリーはほっとした顔を見せる。
「なんだ?俺がいないと寂しいってか?」
 意地悪そうに、ダグラスは笑う。エリーは一瞬怒ろうとその頬を膨らませたが、すぐに顔を真っ赤にして俯いた。
「そ、そうだよ・・・・」
「え・・・」
「ダグラスがいなかったら寂しいもん。ダグラスがいない間、ずっとずっと寂しかった。会いたくて仕方なかったよ」
 膝の上で両手の指を絡め、エリーは呟く。ダグラスは驚いてエリーを凝視していた。
「エリー・・・お前・・・・」
「寂し、かったの・・・」
 もう一度、それを伝えた。そして気がつけば、ダグラスの腕に包まれていた。
「ダグラス・・・?」
 ダグラスの腕の中、エリーは必死にダグラスの顔を見上げようとする。
「エリー、よく聞けよ?1回しか言わねぇからな?」
「え?うん・・・」
 小さく頷くと、上からダグラスの息を吸い込む音が聞こえた。
「俺は・・・・お前が好きだ。だから・・・お前がいるこの街を、守っていきたいんだ。俺はずっとここにいる。お前と一緒に・・・・」
「ホ、ホント・・・・?」
 エリーがそう尋ねると、ダグラスはゆっくりとエリーから離れる。
「あぁ」
 柔らかな笑顔が、そこにあった。
「ずっと?」
「ずっとだ」
「一緒にいてくれるの?」
「一緒にいる」
「私も・・・・ダグラスが好き」
 もう一度、二人は強く抱き締め合った。

「綺麗だねぇ、雪」
 エリーのベッドの上。エリーは後ろからダグラスに抱かれるようにして、二人でひとつの毛布にくるまって窓の外を見ていた。
「そぉかぁ?」
 街灯に照らされた雪は、ぼんやりと光りながら落ちてくる。
「そりゃダグラスは雪なんて見慣れてるかもしれないけどさ〜」
「スネるなって」
 笑いながら、ダグラスはエリーの首筋に顔をうずめる。
「ちょっ、ダグラス」
「お前、あったけぇ」
「そ、そう?」
「子供体温だからな」
「もうっ!!」
 じゃれあう二人の横で、雪は降り続けた。


Fin


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初めてのキリリクSS完成〜♪
900HITのキリリクでした。
GETしてくださったのは霜月ゆあさん。
リク内容は「冬の風景」でした。
そして私隼吹は王道に走るのでした・・・。
雪ネタです(^^;
そして更に「ラブ甘」というリクもきてましたので、
そっちも頑張ってみたつもりなんですが・・・・
ちょっと、足りなかったかも??(笑)
いかがなもんでしょう??
霜月さん、こんなものでよろしければもらってやってください><

H16.11.17
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「Blue Sky」の隼吹千早様からいただきました。
霜月、初めてのキリリクしてみましたv
「冬の風景」というありきたりなキーワードが、こんな素敵な物語に!
最初の、ダグラスがカリエルに帰ったというくだりで
心臓鷲掴みにされましたよ。
「えっ、なんで帰っちゃったの?」から
「さては故郷に根回しに行きやがったな」まで
妄想膨らみまくりです(ごめんなさい隼吹さん;;)。
素敵なSSをありがとうございます!

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